【読書メモ】生殖記 (朝井リョウ)
さて昨日の投稿で宣言した通り、朝井リョウの新作「生殖記」を1日で一気に読んだので読書メモを書く。「時をかけるゆとり」の読書メモで書いたようにエッセイから朝井リョウに入ったので、これが最初に読む朝井リョウの小説である。
まず、内容に触れる前に1つ驚いたことがあるので書いておきたい。それは、「小説なのにエッセイと同じくらい読みやすい!」である。繰り返しになるが、朝井リョウにエッセイから入った私が初めて読んだ小説が本作である。エッセイはああだったけど、小説は普通に堅苦しい文章で書くのかな、と思っていた私は衝撃を受けた。そのユーモア混じりで軽快な文章がエッセイとまったく同じなのである。小説なのに驚くほどスラスラと読める。kindleで購入したのでどれくらいのブ厚さの本なのか分からないが、3時間ほどで読み終わった。途中で休憩も挟まずにジェットコースターのように読み切った。こんな読書体験は久しぶりだ。もしかしたらこの文体は本作だけなのかもしれないので、その真偽はこれから過去作品も読んで確かめたいと思うが、とにかく面白かった。朝井リョウにエッセイから入った私くらいしか抱かない感想かもしれないが、一応書いておく。
さて、本作の内容についてだが、一応、設定に関するネタバレを含むので未読の方はご注意を。10分読めば分かることだが、その最初のもやもやが晴れる瞬間を味わってほしいので念のため。ストーリーについての詳細は書きません。
小説には語り手というものが存在する。物語には登場しない第三者の目線で語られるのが「3人称の語り手」。物語に登場する主人公の目線で語られるのが「1人称の語り手」。この1人称の語り手の中には人間ではなく動物の作品もある。かの有名な夏目漱石の「我が輩は猫である」である。そう、この朝井リョウの生殖記は、令和版「我が輩は猫である」と言えよう。
ーーーもっと正確に言うと、「我が輩はチ○チ○である」、である。
何を言っているのか分からないかもしれないが、私も何をカタカタと打ってるのか分からなかった。しかし、事実なのである。この小説はチ○チ○から見た人間の観察記なのである。正確には生殖本能らしいがチ○チ○と思ってもらって構わない。異様に思慮深い謎の生殖本能が語り手という不思議な設定。それにより斬新な読み口の小説となっている。チ○チ○がめちゃくちゃ敬語で丁寧な語り口なのも面白い。
これだけ書きたかったのでもう満足した。これで終わってもいいが、一応読んでて面白かったところを紹介する。
この生殖本能は、宿主が寿命を全うしたら他の生き物の生殖器に転生するという設定となっている。これにより他の生き物と比較した人間の可笑しさ・哀れさ・傲慢さ、などが鮮やかに描写される。
他にも、"今よりももっと" を止められなくなってしまった資本主義の愚かさについても触れられているが、特にSDGsに関して爆笑した表現がこれ。
SDGsに対するこれ以上無いくらいキレッキレの腐し方である。地球を散々な状態にしておいて、今さら"地球のために"と宣う人間に対して、ヒトが絶滅すればすべての目標は達成されますと、チ◯チ◯は言う。痛快だ。
なお、全体を通して流れる本筋の1つは、ある国会議員が『子どもをつくらない同性カップルは「生産性がない」と評したこと』に対する主人公なりの解である(作中では伏せて書いてあるが例の女性議員であることは明確だ)。その解はぜひ作品を読んで確かめてほしい。
しかし、朝井リョウ氏は、いったいどれほど高い視座で世の中を俯瞰しているのだろう、どれだけ人間について洞察しているのだろう、と恐ろしくなる。
「会社のために」とか「お客様のため」にとかそんなのは全部嘘で、みんな役割を演じているだけなのではないか。監視カメラ(=共同体の周囲の目)がなくなると全員フヌケみたいになるんじゃないか。これには結構共感してしまった。少なくとも自分は、どれくらい本気で会社の成長のために貢献しようと思っているんだろう。もし聞かれた100%本音でハイとは答えられないな。実は会社の人も誰もみんなそんなことは思っていなくて、ただ役割を演じているだけだったりして。そんな想像をするとぞくぞくした。
個人的に一番エグかったのがココ。
学生時代に同性愛者を気持ち悪いとイジメてたような人間が、今は「多様性だよね」となんて言ったり、しまいには子どもに「どんな風に生きてもいいんだよ」なんて言ったりしてるんだろう、と。これ刺さる人は刺さりすぎて致命傷を食らいそう。この矛盾、信念があって行動しているわけではなく、すべてはその時代に流れる "なんとな~くの空気" で行動しているから。その "なんとな~くの空気" はマジョリティ側の都合でコロコロと変わる。でも "いま" の空気が変わっても、イジメられた人が過ごしてきた過去は決して消えることはない。むしろ何を今さらと憤る人だってきっといるだろう。わたし、この本を読んで軽々しく「多様性」などと口に出せなくなってしまいましたわ・・。
と、とにかくこんな感じで、ページを捲るたびにキレッキレの朝井リョウ節が炸裂する本だった。キラーフレーズの入れ食い状態の本だったのでkindleのハイライト機能が大変なことになった。
なお、チ◯チ◯が語り手の本作だが、性的な表現はほとんど登場しないので、18歳未満の方も問題なく楽しめる内容となっている。
面白かったのでぜひ読んでみてください。
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