バル山ごはんに、喜ぶ顔
ある日、わたしより5歳上のいとこ・Kちゃんがわたしに言った。
「山ごはんって、おいしいの?」
スポーツ苦手で登山なんてきっと小学生の遠足以来やったことのないKちゃんの口から、山ごはんに興味を持ち始めたのは極めて意外だった。
「うん、おいしいよ。家で食べる100倍おいしいかも」
「でも、こんな小さいフライパンでつくれるの?」
「つくれるよ。バーナーに火を着けて焼いたり煮たりできるよ」
「食材はどうするの?」
「事前に刻んでジッパーに入れたり、なるべく工夫して山へ持っていくよ」
「ふ〜ん、なんか気になってきたなぁ……」
「行ってみる?」
「え、いいの?」
「いいよ!Kちゃんが好きそうな山ごはんをつくってあげるね」
少し輝いた(ように見える)目をわたしに向けて、わずかながらの微笑みと山ごはんがイマイチ分からない不安な顔を見せるKちゃん。
「期待を超えた山ごはんを作ってあげよう」
わたしは「山ごはんライター」として、美味しいレシピを考えるだけではなく、食べるまでの経験や味わった先の世界観を大切にしていきたい。Kちゃんにとって、初めての山ごはん体験を成功させるために、数日前から準備に徹した。
「Kちゃんが喜びそうなメニューは何にしようかな」
「山ごはんを最上級に美味しく感じさせるためには、難易度が多少ある山にしよう」
「山ごはんに合う飲み物は何にしよう」
当日を迎えた。
出発時間の朝7時。昼間の暑さに比べれば涼しいが、太陽の照り具合が刻々と増していく。眠い目を擦りながら、片道60キロある峠道を馬力が弱い軽自動車を走らせた。
今回目指すのは、入笠山(にゅうがさやま)。長野県中信地区・富士見町に位置する標高1,955メートルの山だ。リゾート地にもなっているため、途中までゴンドラでに乗り、湿原コースを経由して登頂を目指す。
山頂までのルートでは、高原植物が咲きそろい観賞を楽しみながらの歩行は、予想以上に時間がかかった。花や景色の写真を撮り続けるKちゃんより、本日のスペシャルな山ごはんを待ち侘びていたのは、実はわたしのほうだったかもしれない。
12時前、登頂。今回の山ごはんはイタリアンバルにありそうなメニューを意識した。ワイン好きのKちゃんが喜びそうな3品を、さっそくつくることに。
食材を保冷する効果がある冷凍ハンバーグは手でつぶして、トマトソースと合わせる。コンソメで味付けしてミートソースパスタとして召しあがろう。
生キャベツはメスティンで軽く蒸し、塩こんぶと混ぜた簡単おつまみ。
バルといったら、アヒージョ。色鮮やかな具材は食欲をそそる究極の1品。事前にカットしてきたバケットと一緒に合わせてね。
30分ほどで出来上がり。氷菓アイスボックスにソルティライチを合わせたお手製ドリンクと一緒にいただきます。
「のどか、これすっごく美味しい」
手にもっていたのは、高級食材でもコース料理でもファーストフードでもない、バケットに合うバルメニューたち。あまりの美味しさにだろうか、目尻にいっぱいのシワを寄せ、口いっぱいに山ごはんを頬張るKちゃんの笑顔はわたしの期待をはるかに超えていた。
山ごはんを本格的にはじめてから、様々な目的で山ごはんを楽しむ登山者を多く見てきた。山小屋の名物を制覇したい、料理家で本格的な山ごはんを作りたい、お手軽な山ごはんレシピをYoutubeにアップしたいなど、みんなそれぞれ。
「わたしの、山ごはんを作る目的はなんだろう」
思いつきそうで思いつかない、その答えを漠然と考えながら、嬉しそうにバル山ごはんを口に運ぶ彼女を見る。
あぁ、この顔だ。
期待を超えた喜ぶ顔が見たいから、山ごはんを作るんだな……と改めて気づくことができた答えを噛みしめ、あっという間に完食。
残ったアヒージョのスープとキャベツでもう1品作り、きれいさっぱり。
「どうだった?」
スペシャルな山ごはんでお腹がふくれ、ゆらゆらと心地よく揺れる帰りのゴンドラ内でKちゃんに聞いた。
「おいしかったよ。山の上であんな体験できるなら、また山ごはん食べたいね。今度はワインを持って行こう(ニヤリ)」
次は、食事に合うワインを持って新しいバルメニューを考案しなくちゃね。
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