【民俗学漫談】禁止という敷居の乗り越え方
祭です。
祭と言うと、カーニバルです。はしゃぎます。秩序を破壊します。混沌にします。
ただ、祝祭という言葉は違和感がある。カーニバルの翻訳としてならふさわしいんですが。あれ、祭は「祝祭」ですか?
日本の「まつり」はもう少し暗いものを含んでいる気がします。何をしても、かなしみが入り混じる。もののあはれが。日本の「かみ」は、鎮魂(たましずめ)が入り込んできたからでしょうか。
祭儀について
祭の発生の回の漫談でも言いましたが、祭りは、日常のたまったものを解放する場です。
祝祭ですね。
大騒ぎしているのは、あれは、たいてい前夜祭です。前夜祭にはしゃぎます。クリスマスもそうですね。
ここで言うのは、祭儀ですね。
最初は宴会があって、次に祝祭的なものがあり、そこに祭儀を持って来たのだと思います。
人びとが収穫のあと、秋とか、または冬至のあたり、これから冬になる日の前にとか、または春になった、ヒャッホーイ! とはしゃぐ祝祭ですね。
祭りは逸脱であったはずが、後年になって、儀式化してくる。と、決まり事ができてくる。その決まり事の儀礼を行なった後に享楽を持ってくるという構造に仕立てあげます。それは、「願い事をする」と言う行事に変化したから。騒いで憂さ晴らしをする祝祭から、「神」に豊穣を祈る「儀式」に祭が変化したわけ。
コスモスとしての世界の秩序を破壊しないために最初の富を「神」に差し出した。はじめは予祝儀礼を次の収穫を期待していたわけではない。世界はすべて濃密な意味をもっていたから、そこから、獲物を自分のものにするという行為が、秩序を破壊するのではないのか、と恐れたんじゃないでしょうか。
祭儀の成り立ち
こうして、祭が、共同体のものとなって来るにつれ、権力者、もしくは宗教者がそこに祭儀を持ってきました。
「君たちのはしゃぎっぷりはなんだね。どうせ君たちには、毎日がカーニバルだろう。ところで、この祭りだがね、もともとは、こういうありがたい話が始まりなんだよ」とかたりはじめたんですね。
それが本当の事かどうかは、誰もわかりません。
誰もわからない、誰も知らない、はるか昔の話をもつて来るから効果があるんですね。
「この祭りは、こういうのが事の始まりだ」と。
始まりを示すのが祭の本質なんですよ。
その始まりが作られたものだとしても、です。
なんで、そんなことをするのかと言うと、秩序の為です。
秩序には権威が必要になってくる。統治者が実力で治めてていた時代は、権威の理由づけは必要ではなかった。恐怖や損得で治められます。
ところで、始めの権力者に続いて、その権力を受け継ぐものができますね。様々な方法を用いて。
ところが、その受け継いだ権力者にどのような正当性があるのか。
統治機構も十分機能しているし、別に誰でもいいんじゃないか。必要なの? そのポジション。
と、こうなります。
そこで、権威のある当人というよりも、その権威を後ろ盾にしている権力者が考えるんですね。正当性を。何かないか。どこかにないか。
そうしてさまざまな伝承をかき集めて、一つの体系にして人々に示すんですよ。
祭などは権力主体の可視化といえます。図像が作られるようになれば、権力者は必ず肖像画を作りますね。近代ならポスターにさえ自らしてしまいます。あれこそ権力主体の可視化といえます。
太古は、「大王(おおきみ)だ! スゲー」で済んでいたのが、政治が祭りごとから離れ、今で言えば官僚が執り行う技術としての機構になるにつれて、「大王はこういう理由で君臨しています」という後ろ盾が必要になってきた。神話の登場です。
神話は最初からあるものではない。権威が必要になった時に作られます。順序はそういう順番です。もちろん、何もない所から作るのではなく、既にある伝承を編集するんですが。
それを思うと、編集者というのも、古い職業になりますね。
神話は、少なくとも、今残っている神話は、オリジナルじゃありませんよ。すべて編集済みのものです。
祭りは何をしているのか
基本的に、神話にもとづくのが祭儀ですよね。
あのー、たとえば、神社に行って、「お祓いしてください」「祈祷をお願いします」と言った時に、まず「修祓(しゅばつ)」と言うのをやります。はらえおさめ、ですね。お祓いです。あれもオリジナルとか、その場のノリでやるのではなく、やり方がありました。お祓いの時に読むものも、神話にもとづいたものとなっています。
具体的に言うと、実際、お祓いをする前に読んでいるのは、「祓詞(はらへ(え)ことば)」と言うものでして、これ、中身は、古事記などに描かれている、「いざなぎのみこと」が黄泉の国から逃げ帰ってきたときに行った、我が身を祓い清めた、そのやり方を読んでいるわけなんですよ。
思いっきり要約すると、「川に入って、きれいになりました」ということなんですが。
それを読んでいる。
なぜ読むのか。
その場に原初の状況を再現するためなんですよ。
神話の朗誦。反復による甦り。と言うわけです。
太古の状況の再現なんです。祭りは。太古の始まりの再現ですね。たとえそれが編集されたものであっても、というか、編集されていないメディアは存在しないでしょう。
日常を繰り返すことによって、物質的なものは増えていくけれど、裏で何かが積もって、崩していく。崩れていく。崩壊していく。
だから、祭があり、だから、カーニバルがある。
崩れていく社会、社会を支えている人間、人間というカオスを一度崩して、再び秩序ある日常に戻すのが祭りの役割です。
一方的に増大してゆくものに、人が堪えられるはずがない。
しかし、人は、エントロピー増大の法則に抗い、崩壊してゆくはずのものを必死になって形作り続ける。
でもね、限度があって、人間の中に生じた混沌は、人の力で抑え込み続けるのは難しい。「人間自身の不吉な傾向」をどうにかしなくてはいけない。
何かを禁止されれば、何かの道が開く。
そこで人為的に共同体が先んじて、一度崩すんですよ。年に何回か。装置として機能させるんですね。
現実や日常から、別の世界に逸脱するという装置の発動です。儀式であり、演技であり、逸脱によって、たまったものを浄化するんですよ。
行動で内面が変わるでしょ。許された、演技的な逸脱によって、魂をよみがえらせるんですよ。
そうして、共同体のカオスに触れることによって、日常が再びよみがえるわけですね。
祭りは、太古の再現実化をしているわけなんです。
祭りの具体例として
日本で最も有名なのは何でしょう。
権威から言って、伊勢神宮の式年遷宮(しきねんせんぐう)を挙げたいと思います。
二十年に一度、伊勢神宮は、社殿を移し替えます。まっさらにして、いちいち新築するんですね。
何でこんなことをするのでしょう。
「二十年とは一つの世代を表し、二十年ごとに行えば、技術が伝承され続けるから」という話もありますが、これは後付けの気がします。
遷宮は、他の神社も同じで、神を一度隠れさせて、再生させる儀式なんだと思います。
連続したものに堪えられなければ、一度消すしかない。
一度消して、よみがえらせる。
そうして、再び共同体は再生する。
遷宮は伊勢神宮がそこに建立された時の状況を二十年ごとに再現実化する舞台装置でと思います。
神話をよみがえらせれば、太古のエネルギーもよみがえる。そういう話なんじゃないかと思いますね。
権威のよりどころが、超越的な、異世界的なものから、ほぼ完全に現実の世俗にしか存在しなくなった現在、宗教的な行為もまた、日常性にまで下りてしまった行為になっていますね。
それでは足りない。
イベントではだめなんですよ。質でなければ、数ですか。娯楽やファッションがすでに逸脱行為ですよね。軽い。
式年遷宮が人為的なかみの再生行為であるならば、ファッションもまた、同じような行為のミニチュア化なのではないのか。服を新たにするたびに自分を新しくするんですよ。
自傷行為の軽いもので、嫌なことがあると服を捨てるということがありますが、服を捨てるという行為は、自分の一部を捨てるという事を形式化したものなんじゃなかろうか。雛流しですよね。お祓いですよね。
元々、かみの再生行為は、なぜ行われたのか。固定化されたものに耐えられなかったから。
だとしたら、流行を追うという行為が昨日の自分を捨て、新しい自分になるという事をその心の奥底に秘めているんじゃないでしょうか。
不安が生じたときに、固体化された何かを崩すことによって、精神の安定を図ろうとする。
そこで、流行、ファッションというものが古代には、なかっただろうし、安定しきった、平穏な世界にも生じないであろうことは推測されますね。
装飾はありましたよ。むしろ服の発端は体を覆うこと以前に飾ることだったわけです。
安定している人は、同じ格好をしていますし。
現代の祝祭は形式で言えば、コンサートですかね。「ステージ」の形式が主流だし。あれは、祭りと同じ形式ですね。ナチスの党大会も形式を取り入れてましたね。客が集まって、ステージを見る。大きな会場、夜、まばゆくきらめく光と音楽。さらに皆で同じ方向を向く。
あの形式って、古いんですよ。いつまであの形式なんだろう、太古からあの形式なんだから、人間の脳が反応しやすいんですね。祭壇がしつらえられて、供犠が行われる。しかも、日曜の朝、人が教会に行くような時間には決してやらない。頭が爽やかな状態の時ではなく、たいてい、週末の夜、人々の頭がつかれているときにやる。魔術。一つの魔術。トワイライトマジック。
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