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小説

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#ユーモア小説

【小説】グラビア編集のABC【148枚】

一 「セーラー服に大人の下着を着けるからエロいんだろう」 息巻いて言ったのは、白のポロシャツもはじけんばかり、巨躯の副編集長、塩田さんである。 「初めて聞く説ですが、白とか縞とか、そういうのがマッチするんじゃないんですか」聞いたのは、二十歳の学生アルバイトの谷崎くんである。 「違う。逆に、エロいかっこうで下着が白だから、エロティックな錯乱が混沌を生み、リビドーが発生するわけよ」 「クロスさせるわけですか」 「そう。コントラストというものがリビドーをかきたてるんだ。なあ、川崎さ

【小説】コミック編集部。【128枚】

一 『お仕事は、なにをなさっているんですか?』との質問から始まる会話の流れは、人それぞれに決まったパターンができているものだろう。  教員や公務員や税理士などと答えれば、一言で説明できるうえに社会的な地位も示せるだろうし、サラリーマンや職人にしても、『自動車の営業です』と答えたり、『料理屋で板前をしています』と答えたりすれば済むのだろう。  自分の場合は、『漫画の編集者をしています』との答から始まることになる。  国勢調査ならばそこで済むのであるが、『どんな漫画なんですか』

【小説】就職運動酩酊(めいてい)記【188枚】

初出:早稲田文学2015年春号  一 『大衆料金』と書かれた床屋の看板が足元を転がり抜ける。  雑木林に雨粒が卍巴(まんじともえ)と舞って、横からも下からも吹いてくる。風に逆らうだけの傘などとっくに捨てた。  たどり着いた家には『塩焼』と書かれた木札が、黒い油塗りの玄関扉に釘付けにしてある。札はかまぼこ板の転用に見える。  扉の脇に取りつけられた呼び鈴を鳴らした。  脇には竿が立つ。先に箱が添えてあるが、丸い穴が空いているところを見ると郵便箱ではなく、巣箱だろう。  開い

【小説】不二山頂滞在記【54枚】

一 「パ―ト募集 巫女 十八~二十一才迄」  平衡(へいこう)を失した筆蹟の求人広告が神社の鳥居に貼られていた。それに目を止めたおれはしぜんと、その上に張られていたチラシにも目を向けた。 「不二山登頂者募集 急募 日給五千円」  なんだろう。これ。  詳細は社務所までというので、のこのこ行ってみると、境内は昼間三十九度あったとは思えないほど涼しい。五百円とか千円とかいった値段のついたお守り見本の向うにジャージ姿の男がいた。  話しかける前にその男がこう勧誘してきた。 「そこ

【小説】ブラボー親爺【12枚】

『徒久多゛煮』と太く勘亭流で書かれた行燈が軒先にかかる。木枠のガラスケースには佃煮が並ぶ。佃煮に挿してある薄板には価とともに、『あさり』や『うなぎ』と書かれてある。くつがえった札が二枚ある。  店の奥、上がった六畳間にはちゃぶ台を差し挟んで親爺二人が相対す。  手近にラジカセを置いてある。ベートーヴェンの交響曲第九番の結びの部分が流れる。 「せーの」と、ブラボー親爺がラジカセに耳を傾ける。  第九が歌い上げられた。 「ブラボー!」と親爺二人の声が立つ。 「うん、早

【小説】蛸親爺(たこおやじ)【168枚】

その一居酒屋の前の往来、路のまんなかで蛸が酔っている。 「たーこたーこ、たーこたーこ」と地面を手で叩いて拍子をつけながら、 蛸が声高に唄う。 花風の吹く夕、往来に面して油染みた暖簾を出す居酒屋の、店先にはビールケースが積まれ、立て看板、一升壜、牡蠣殻が並ぶ。朱塗りの行燈の明りの先に、蛸が八本ある足をだらりと伸ばし、腹を兼ねた頭を横様に倒しながら、墨吐き口を突き出して唄っている。 唄う合間に、「ういーっ」と一つ吐く。また唄う。それを繰り返す。行き交う人々は、『あれは何だ』とい

【小説】自己忘却セミナー【80枚】

     一 夕方五時の放送が響く。破(わ)れたスピーカーの音に続いて、夕焼け小焼けの曲が流れる。 「何だあの音は!」と男が撥ね上がった。 「何だって、五時だろ」 相手の男はちゃぶ台を挟んで答えた。こちらは心持鉤のある鼻を、スポーツ新聞に向けたままである。 「あの陰惨な音、五時だから何だというのだ。何故、おれに知らせる」 男は片手にボールペンを持ったまま藤木を見下ろす。ちゃぶ台には履歴書がのる。 「昨日だって、一昨日だって、毎日鳴ってるぜ」 藤木は引っくり返っ