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バイト先が家宅捜索にあったときのはなし

バイト先が家宅捜索にあったことがある。

学生の頃の話だ。

最初からすこしだけ変わった会社だった。
あとになって思えば、だが。

そのころ、キューバ旅行に行くお金を貯めようと、短期バイトを探していた。

新聞に挟まってきた求人のチラシをチェックする毎日。

「事務作業。引っ越ししたばかりのため、雑用・片付けを手伝ってくれる方募集。短期。週3日程度でOK。9-5時」

交通費は一律支給で1000円。場所は池袋。

徒歩で行けるから1,000円まるもうけだ。これがいい。すぐに電話、数日後中年の女性社員と面接をして「採用」の通知が来た。

勤務先は、池袋西口を出て少し歩いた、雑居ビルの4階。池袋警察署のすぐ近くである。

社長は、40代くらいの女性で、茶髪でやせていて八代亜紀っぽい。一見きつそうだが、姉御肌の優しい人だった。正社員らしき女性が2人。

面接でも会った、小柄で可愛らしいMさん(50代)と、金髪・赤い口紅・超厚底靴、ゴスロリファッションのKさん(20代)。

この二人、見た目はまるで「別の惑星」の住人同志だが、仲が良い。女子高生のように二人でキャハハとおしゃべりをする。微笑ましい。こちらにも気を使って、色々話しかけてくれる。

私の最初の任務は「社長が飼っている猫のために『猫用ミルク』を東武のペットショップで買ってくること」だった。

楽勝である。ついでに東武の本屋に寄ったり、服を見たりする。こんなに楽でいいのか。

続いての仕事は「事務所内部の模型を紙で作ること」。

引っ越したばかりで、家具の置き場などを考えたい、模型を見ながらあれこれ試してみたいとのこと。

これはわりと手間がかかった

小さい事務所だが、机やいすの大きさをひとつひとつ測って計算して、厚紙を切って貼って。

眉根に皺寄せながら電卓をたたいたりして、いかにも「私は重要な仕事をしている!フハハハハハ」という気分だ。

「自己啓発本(仏教系)を音読して録音する」というのもあった。

これは横で社長がじっと耳を澄ませて聞いていることが多く、「ほらほらァ〜!いいこと言ってるじゃないのォ!」とうんうんうなずきながら合いの手を入れるので気が散った。

あるとき「電子レンジを買ってきてくれる?」と頼まれた。

「自転車で行ってきなよー、その方が楽だから」と事務所の自転車を貸してもらったはいいけど、池袋の街をすいーとこぎだしたとたん大変なことに気づいた。

「小学校以来自転車なんか乗ったことないんだった!!」

ここは、池袋北口である。
むこうからおそろしげな人が歩いてくる。次々歩いてくる。おそろしげな人は2㎞先からでもわかる。

これみよがしに回れ右したらかえってデンジェラスだ。ブラボー地獄行き!ってことになりかねない。

無表情にまっすぐこぎ続ける。びしっと一定距離を保ってすれ違う。やればできる。どっとつかれる。

東口のビックカメラで電子レンジを買ったら、「自転車と電子レンジを買って歩いて持って帰る人」みたいな佇まいになった。なにかの修行か、罰ゲームみたいだよな。

そのほかにも

「スポーツバッグぎゅうぎゅうの小銭を銀行で両替してくる」

→これは銀行の閉店時間を過ぎても終わらなかった。店長みたいな人にすごく嫌な顔で「もう来ないでくださいね」と言われた。最初に引き受けてしまった行員の人が叱られていて、申し訳なかったな…

「社長の姪(小学生女子)の習い事先へ送り迎えをする」

など「雑用」は続いた。

父親に話したら「赤毛連盟」みたいだなフフフ...と面白そうに笑った。

全くもってそうだ。シャーロックホームズのあれだ。赤毛の男が雇われて、なんだかんだ不思議な雑用をさせられるやつ。私は赤毛じゃないけどな!

やはり「お使い」で、近くの雑居ビルに行ったときのこと。

任務は「指定された雑居ビルの一室のドアに張り紙(ここにはもう○○氏は住んでいないので、御用の方は下記の連絡先へどうぞ、みたいな内容)をしてくる」

しかも社長曰く「いつもビルの入口のところで、ほうきで掃いているおじいさんがいるけど、その人には話しかけないこと」

…こういう指示にも慣れた。

指定された部屋のドアに張り紙をペタペタ貼ってたら(ドアが汚れていて、なかなかテープがつかない)、後ろから二人組の男性がタタタッと階段を上がってきた。やだ、こっちに来たよ。

・・・この部屋に用なのか!?

私が貼ってた紙をチラッと見る。私のことはガン無視。(・・・!?)
そのドアのノブをガチャッと回した。「おいっ!鍵が開いてるぞ!」。中へずかずか入って行って、ばたばたッと部屋の中を動き回る音。
「いないぞ!」と出てきた。

まるで刑事が犯人の部屋に踏み込むみたいだが、この人たちは刑事じゃない、絶対に。

眼が透き通りすぎている。まばたきしなさすぎる。まなざしが冷たすぎる。すべてがこわすぎる。

11月のある日。

朝、みんなで掃除を終えてさぁお茶でも入れますか、と言う時

ガチャリ

中年の男性が一人、ドアを開けた。お客さんかな?

「いらっしゃいませ」と言いかけたら、足をガツンとドアの内側に入れて、こちらがドアを閉められないようにしてきた。

お、押し売りか!?

つづいてぞろぞろっ、どかどかっと3人入ってきて、そのうち一人が

「何年何月何日〇時〇分、家宅捜索を行います」

と宣言。

「はい、動かないでください。どこにも手を触れないでねー」

一連の動きがなめらか。それぞれの動きに無駄がない。場数を踏んでいるのは一目瞭然だ。

メンバーを紹介しよう

最年長っぽい人情派、たぶんリーダー(落としの中さん風 喋り担当)
頭脳派エリート(デキルのび太君風 分析担当)
官僚ふんぞりかえりタイプ(頭をポマードで固めた橋本龍太郎風 担当不明)
体育会系タイプ(柔道部主将風 ほぼ喋らない こわい人対応)

見事に役割分担、というかキャラがかぶらない。

「デキルのび太君風」が「なんだー、おたく、池袋警察署のすぐ近くなんじゃない。わざわざ新宿署から来たんだけど」と言う。なんて返していいか分からないから、聞こえなかったふりをする。

官僚風が、私が作った紙の模型を持ち上げて興味深そうにためつすがめつ眺めている。

よっ、旦那、お目が高い!もっとよく見てちょーだい!褒めてちょーだい!紙の模型のことなら何でも聞いて!きっちり実物の縮尺版になってるんだよ!私、けっこう計算とかがんばった!

官僚風、何もいわずに模型を元に戻す。

そのまま「ちょっとトイレ貸してもらえます?」と、誰にともなく聞いた。

すかさず、K子さん(金髪・青いアイシャドウ・赤い口紅)が、「は?」とものすごく嫌そうな顔をする。

K子さん、マジすげえ。家宅捜査されてる身でも決して卑屈にならず、トイレ使用願いをはねのける勢いだ、ひゅーひゅーっていう気分だ!

そう、言い忘れていたが、この会社、社長命令で、朝からわれわれ3人で部屋すべてをぴかぴかにする、きれい好きの会社だったのである。

私たちは観葉植物の葉っぱも一枚一枚丁寧に拭いてから仕事を始めるのだ。

お客様以外で、次々入ってくる(そして次々にやめていく)アルバイトも女性ばかりだった。ここはもしや「男性にトイレを使わせたくない」会社だったのか。とそこではたと気づく。心の中でポンと膝を打つ。家宅捜索中だ。変なまねはできない。

人情派がちょいちょいと手招きして、私を隅に呼んで言うことには

「あんた、こんなとこでバイトするのやめた方がいいよ」
世間話モードオンなのか、事情聴取なのか。ようわからん。

「はぁ」

聞くと、なにかしらの違法な経営をする団体のトンネル会社になっていたらしい。
キレイ好きな社長は、お金も「洗浄」していたわけだ。潔癖症も度が過ぎる。

うしろではK子さんとM子さんがそれとなく私たちの会話を聞いてる気がした。

普段刑事さんと世間話する機会なんてないから、ホントはいろいろ聞きたかった(取調べとかカツ丼とか)のだが、やめておいた。

次の日からは何事もなかったように通常業務。

私はもとの契約通り、あと3回出勤してバイトは終わりである。

母は「そんなことあったら、お給料なんて振り込まれないんじゃないのかしらねェ...?」とつぶやいていたが、そのあときっちり全額振り込まれていた。

おかげでキューバに無事旅立つことができた。
20年ちょっとまえのできごとである。

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