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奇譚 膝の上の手

昔々。

膝の上に「手」がのっかっていました。

そりゃもうびっくり仰天しました。

学校帰りに有楽町マリオンで映画を見ている最中のことです。何の気なしにふと膝に置いた革カバンをちょっと持ち上げたら、カバンの下に手があった。

一瞬、自分の手か?と思ってゾクッとした。

自分の手じゃない!と気づいてギョッとした。

例えていえば。よいしょと植木鉢を持ち上げたら、下からダンゴムシがわらわら出てきたような衝撃で、いやいや、それはダンゴムシに対して失敬であります。

物事にはTPOがありますよね。

昼間にバット持って歩いてたら「子供に野球を教えるいいお父さん」です。ほほえましいです。夜中にニコニコしながらバットぶんぶん振り回してる人がいたら強盗です。近寄らないほうが良いに決まってる。絶対。

「膝の上に手をきちんと置く」のが行儀がいいのは、その手と膝の持ち主が同じ場合だけだ!

「手」の持ち主を探すのはわりと簡単で、それは当然、隣の人の手でした。

私が「あ」と言ったら「本体」は囁くような声で「スミマセン」と言って立ちあがってそそっと行ってしまった。スミマセンは言うことができる人でした。

その殊勝な様子に、もしかしてあの人自分の膝と間違えてたのかも!?とコンマ一秒でも思ってしまった当時の私はどんな神様でも救いようがないです。バーカバーカ。危機管理意識のアラーム24時間オフ。

さて現在。

なかなか映画館に人が戻ってきません。

座席に座って場内を見回してつくづく思います。

自分の1m四方に他人がいない。理由は、ひとつひとつの座席が広くなったこと、コロナ対策で隣の席を空けるようにしていること、そして、そもそも映画館に行く人が少なくなったこと。

時には場内で自分ひとりっきり、ということもあります。

過去二年でNetflixなど配信サービスが一気に広まって「おうちが映画館」が通常モードになりましたもんね。

このすきすきの映画館の中で、もし、他人の手が膝の上にあったら異聞奇譚です。『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』で、女性の手をこよなく愛する猟奇殺人犯が出てきましたね。「手」だけ膝に乗ってたら、警察でなんて説明していいか分からない。私のじゃないんです。やだ、どうしよう。

メルボルンでは去年、病院に「腕」を持って行った人がいました。

こちらは今でもワクチン接種義務が厳しくて、業種によっては3回接種がマストです。

去年は、もっともっと厳しくて、一時期、ワクチンを打っていない人はユニクロやスタバに入ることもできませんでした。

「どうしても注射をしたくない女性」が病院に「ニセの腕」をもって行って、さも自分の腕のようにしれっと出して、注射してもらおうとしたそうです。

そうすれば接種証明書が手に入るからです。

看護婦さんにあっけなく見破られてニュースネタになりました。

この人、ばれたときにどんな言い訳したんでしょう。

「これはほんとうに私の腕なんです!」と強行突破を試みたのか。

「これは私の腕じゃありません!知らないですぅ、こんなもの」としらを切りとおそうとしたのか。

「きゃー、なにこの腕!」と西川きよしみたいに目を剥いて見せたのか。

どんな「腕」だったんでしょう。

注射を打たせるわけだから、マネキンの腕ってわけにもいかないでしょうし、弾力、質感、温度も重要だと思うんですけど。

小さな小さな記事だったのが、かえすがえす残念です。


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