「高級ブランド」と「宗教」には共通点がある。

『ライティングbyえぬ』



今ふと思ったんだけど、
高級ブランドと宗教は、社会的価値という点で同じといえる。

良いデザイン、特に高級ブランドなどは、
着る人が

「これは良いデザインだ!」
「価値が高い物を着ている!」

と思い込む事に"価値"があるのだ。

これは宗教において、ただの湧水を"聖水"としたり、食べていけない物があったり、時間になるとお祈りするのも、
《一般人には価値が無い物》を宗教の中では価値があるものだと思い込む事で宗教がまわるのと似ていると思う。

そりゃ経済的に見れば、高級ブランドにはかなりのコストがかかっているので、価値に対して経済的根拠が高いのかもしれない。

だが、
みんながその高級ブランドが良いと思ってて高価値だと思ってくれないと
どんな良いデザインだって、価値はない。
逆にいえば、何でもない物でも、
世界中が価値があると思い込んでいる事が価値が出るのである。
着る人が価値が高いと思い込み、世界の人も「そうだ」と思えば、世界がまわるのは、宗教の価値観と同じではないか?

だから、極論、良いデザインは、世界の人から高価値と思われるものである。
じゃないと価値はないので、良いデザインにならない。
という論理が成立する。

じゃあ、たまに聞く
「良いデザインだけど、分かってもらえない」
「良い曲だけど、世間には分かる人が少ないよね」
「これは凄く良い絵だけど、売れないよね」
みたいな、
良いけど、
分かってもらえない売れない認められない
こんな言葉だ。

じゃあ、これは価値がないけど良いモノではないのか?

そう言われると
「良い」というものの定義を確認する必要があるが、
1つ言えるのは、
今の時点は社会的価値は低い。
これはハッキリ言える。

が、潜在的にさえ価値がないわけではない。
「良いデザイン」かどうかの個人による主観は、人それぞれで一概に判断は難しいと考える。
が、
「売れない」「認めれない」
この観点は「良い」か、どうかと考えると
明らかに、その曲や絵は「良くない」なのである。

だって、その観点では
社会的価値が高い = 良い
だからである。

だが、先述のように
「潜在的価値」がないわけではない。

どういう事かというと、
社会的価値 = 世界中が良いと思う
である。

あなたは社会的価値があるモノなら何を思い浮かべるだろう?
さらに、価値がないもの、何だろ❓

こんなふうにモノの価値判断をしているわけだ。

じゃあ、売りたい曲、認めれたい絵は、
その世間の価値判断の中に入っているのだろうか?

答えはNoだ。

あなたの曲や絵は、誰も知らない。

だから、社会的価値 = 良いモノ
になりようがないのだ。

だから、まず
社会的なるべく沢山、露出する必要がある。

そこから猛烈に批判をくらうかもしれない。

だが、おめでとう㊗️

あなたは価値が付けてもらえると
競売のステージに立ったのである。

沢山の批判なり、賞賛などが届く時点で、その何倍も人々があなたの生み出したモノを評価してくれているのだ。

ここから、
同じようにモノ生み出していって
「多くの人間が良い」と思えば
これが、
「良い曲」
「良い絵」
になる。

こういう論理かと考えた。

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