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PICSの評価方法

PICS(集中治療後症候群)はどのように評価すれば良いのでしょうか?

PICS評価によく用いられる代表的な評価方法をまとめました。

それぞれ利点、欠点があります。電話で評価可能なものも、質問紙を用いて評価可能なものなど様々なものがありますので、それぞれの施設にフィットしたものを使用してください。

①身体機能障害の評価

1)MRCスコア
MRC (medical research council)スコアとは全身の12カ所のMMT(Manual muscle test:徒手筋力テスト)の合計である。MMTは四肢の筋力を0点「筋収縮なし」から5点「強い抵抗に対して動かせる」まで5段階で筋力を評価する指標である。MRCスコアでは上肢は肩外転、肘屈曲、手伸展、下肢は股屈曲、膝伸展、足背屈の6ポイントを左右の12箇所で評価し、点数は0点から最大60点となる。MRCスコアは機器を用いずに簡易に評価可能であり、ICU入室中のみでなくICU退室後も継続してMRCスコアで筋力評価が可能であるとの報告もある (2).

2)握力
握力は基本的には立位で測定するが、ICUでは立位で測定できない患者も多い。座位やベッド上でも肘を90℃屈曲させて測定することで信頼のできる値が得られる(3)。ICUに入室する重症患者では下肢のみでなく、上肢にも筋萎縮をきたし、握力も低下する(4)。PICS外来での患者フォローに握力測定を行っている施設もあり、この握力がPICSの精神機能障害やQOLとも関係していることを報告している (5).

3)6分間歩行
6分間歩行は6分間に平地を歩行した距離を主に評価する検査であり、1982年にButlandらにより初めて報告された(6)。6分間に歩行した距離を年齢と性別の基準値に対する相対的な値として評価する。最も信頼性の高い身体機能評価の1つであるものの、歩行可能な患者でしか評価できず、全ての患者で評価可能ではないという点に留意する必要がある。

4)EQ-5D-5L
EQ-5D-5L(EuroQol-5Dimention-5Level)は健康関連QOLを評価するためにEuroQolグループが1987年に開発した評価尺度である。5項目の質問から構成され、質問内容は①移動の程度、②身の回りの管理、③ふだんの活動(仕事、勉強、余暇活動など)、④痛み/不快感、⑤不安/ふさぎ込みである。それぞれの質問に対して「問題はなし」、「少し問題がある」、「中程度の問題がある」、「かなりの問題がある」、「できない/極度の問題がある」の5段階で回答する。質問の回答結果をもとに換算表を用いて「完全な健康=1」「死亡=0」と基準化されたスコアの算出が可能である。スコアの幅 は0-1からなり、高い程健康状態が良いとされる。カットオフ値は0.680が用いられる。スコアの換算表は国により異なり、本邦では池田らの報告による換算表を用いて0-1点で評価する(10)。

5)SF-36
SF-36(Short form-36 items)は健康関連QOLを評価するために米国で開発された評価尺度である(RAND会社の健康調査目的)。8項目の質問から構成され、5分程度で実施可能である。質問内容は①身体機能、②身体機能障害による役割制限、③体の痛み、④社会生活機能、⑤全体的な健康感、⑥活力、⑦精神機能障害による役割制限、⑧心の健康である。スコアの幅は0-100点からなり、高い程健康状態が良い。使用は有料であり、登録申請が必要である。RAND会社の名前をとったRAND-36はSF-36と同じ質問項目を用いるがスコアリングの方法が異なる。RAND-36スコアリングの詳細はPMID: 8275167。

6)Barthel Index(バースルインデックス)
Barthel IndexはADLの評価に用いられる。評価項目は10項目からなり、自立・部分介助・全介助の分類で0–100点で評価する。評価項目は①食事、②移乗、③整容、④トイレ動作、⑤入浴、⑥歩行、⑦階段昇降、⑧更衣、⑨排便、⑩排尿から構成される。85点以上がADL自立とされる。

7)FIMスコア
FIM(functional independence measure)スコアは1983年にGrangerらによって開発されたADL評価法である。運動ADL13項目と認知ADL5項目で構成され、各々1点(全介助)から7点(完全自立)の7段階で評価される(合計:18-126点)。運動項目はセルフケア、排泄、移乗、移動の能力を評価、認知項目はコミュニケーション能力と社会的認知の能力を評価する。

②認知機能障害の評価

1)MOCA
MoCA(Montreal Cognitive Assessment)は2005年にNasreddineらによって提唱された、多領域の認知機能を評価する指標である。(11)。多くの国の言語に翻訳され世界中で広く使用されており、日本語版としてMoCA-Jも使用される。(11, 12)。このMOCAのMoCA-Jも得点の評価方法はほぼ同じであり、どちらも10分程度で認知機能障害の評価が可能である。さらにMoCAから視空間・遂行機能と命名を除いた電話で評価可能なT-MoCAも使用される(13)。質問項目は視空間・遂行機能、命名、数唱、注意力、計算、復唱、語想起、抽象概念、遅延再生、見当識などを質問紙を用いて行い、回答者の教育年数が12年以下であれば1点追加する。最低が0点、30点満点の検査であり26点以上が正常である。25点以下が軽度認知症の疑いであり、25点をカットオフ値とすると感度80-100%、特異度50-87%と軽度認知症のスクリーニング感度に優れている(11, 14)。米国集中治療医学会もMoCAの使用を強く推奨しており、18–25点が軽度認知症、10–17点が中等度認知症、10点未満を重度認知症と分類している(12)。T-MoCAはTelephone-MoCAの略であり、視空間・遂行機能と命名を除いたもので電話でも評価可能であり、22点満点である。このT-MoCAの数値を換算表を用いてMoCAへ変換することも可能であり、T-MoCAの感度と特異度はそれぞれ72%と59%である(15)。

2)MMSE
MMSE(Mini-Mental State Examination:ミニメンタルステート検査)は1975年にフォルスタインらが開発した検査である。時間の見当識、場所の見当識、単語の即時再生と遅延再生、計算、物品呼称、復唱、3段階の命令、書字命令、文章書字、図形描写の計11項目から構成される。最低0点、最高30点の認知機能検査である。24点以上は正常、24点未満が軽度の認知機能障害、20点未満は中等度の認知機能障害、10点未満は高度の認知機能障害である。MMSEのカットオフ値を24点とした認知症の診断精度の感度は81%、特異度は89%である(16)。

3)Mini-Cog
Mini-Cog(Mini-cognitive assessment instrument) は3つの質問からなる簡易な認知機能障害のスクリーニング検査であり、約2分で検査を行うことができる。質問は3語の即時再生と遅延再生と時計描画からなる。最低0点、最高5点からなり、Mini-Cogが2点以下は認知症疑いであり、Mini-Cogが2点以下で認知症を診断する精度は感度76%、特異度89%である(17)。

4)SMQ
SMQ(short-memory questionnaire) は1993年にKossらによって開発された。日本語版Short-Memory Questionnaireもあり本邦では使用しやすい。最近の出来事などについての質問や遂行機能に関する14項目の質問からなる。回答は「できない」から「いつもできる」までの4つの項目からなり、2つの質問(家族の誕生日を覚えていますか?と言おうとしている言葉が、すぐに出てきますか?)は合計から減じる。合計点は4から46点からなり、40点未満は認知機能障害の可能性がある。本邦でのPICS疫学調査でSMQの入院時からの低下または40点未満を認知機能障害と定義して調査したところ、退院6ヶ月後の認知機能障害の頻度は37.5%であった(18)。

5)IQCODE
IQCODE(informant questionnaire on cognitive decline)は介護者による評価スケールで、26項目について1-5の5段階で評価して、平均値を用いる。1989年にJorm &Jacombらによって開発された。近似記憶や遠隔記憶、IADL(道具の使用、知的活動、文章記載、金銭管理、外出など)に関する質問である。

③精神機能障害の評価

1)HADS :不安とうつ
HADS(Hospital Anxiety and Depression Scale)は1983年にZigmondらにより開発された(19)。HADSとは不安とうつに関してそれぞれ7項目からなる合計14項目の自己評価表である。各項目は0から3点で評価され、得点は0点から最大21点からなり、高得点ほど不健康を示す。記入に要する時間は5分程度である。質問の奇数番号が不安、偶数番号がうつに関する質問である。米国集中治療医学会では不安や抑うつにHADSの使用を強く推奨しており、それぞれ8点以上が不安やうつ病の診断基準に用いられる(12)。

2)SASとSDS:不安と抑うつ
SAS(Self-rating Anxiety Scale)は1971年に、SDS(Self-rating Depression Scale)は1965年にZungらによって開発された自己評価式の不安と抑うつの評価方法である。それぞれ逆転項目を含む20項目の質問項目があり、それぞれの項目で1点「めったにない」から4点「いつも」までの点数がある。合計点数は最低20点、最大80点であり、点数が高いほど症状が強い。不安は45点より高値、抑うつは軽度が45–59点、中等度が60–69点、重症が70–80点である。

3)PHQ-9:抑うつ
PHQ(Patient Health Questionnaire)-9は2001年にKroenkeらが報告した大うつ病に対する自己記入式の質問票を用いたスクリーニングツールであり、10点以上で大うつ病を感度88%、特異度88%で診断可能である(20)。PHQ-9は直近2週間にどのくらい9項目について悩まされているか0「全くない」から3「ほとんど毎日」の4段階で評価する。抑うつ症状を1–4 点以下は軽微、5–9 点は軽度、10–14 点は中等度、15–19 点は中等度~重度、20–27 点は重度として評価可能である。PHQ-9の日本語版も報告されている(21)。

4)PHQ-2:抑うつ
PHQ-2はPHQ-9の最初の2項目のみで構成される簡易な抑うつのスクリーニングツールである(22)。質問内容は「何かやろうとしてもほとんど興味がもてなかったり楽しくない」と「気分が重かったり、憂うつだったり、絶望的に感じる」の2項目を4段階の0–3点で評価して、合計得点が3点以上の場合に陽性と判断する。大うつ病の診断精度に関してはPHQ-2が2点以上とPHQ-9が10点以上で違いがないことも分かっている(23)。

5)IES-R:PTSD
IES-R(Impact of Event Scale-Revised:改訂出来事インパクト尺度)はIESの改訂版として、Weissらが開発した心的外傷性ストレス症状を評価するための自己記入式の質問紙である(24)。質問項目は直近1週間の侵入症状8項目、回避症状8項目、過覚醒症状6項目の計22項目より構成されている。各項目0点「全くなし」から4点「非常に」の5段階からなる。点数が高いほどPTSDの症状が強い。点数の合計点で評価する場合と平均点で評価する場合がある。米国集中治療医学会の報告ではIES-Rの平均点が1.6をカットオフ値としている。

6)IES-6:PTSD
IES-6はIES-Rの22項目の質問のうち6項目のみを用いた簡易なスクリーニング検査である。PTSDのスクリーニングに用いるカットオフ値は平均1.75である。ARDS生存患者におけるIES-6のPTSD診断精度における有効性はカットオフ値を1.75とすると感度88%、特異度85%とスクリーニングの信頼性が高かった(25)。

7)PCL-5:PTSD
PCL-5 (PTSD Checklist for DSM-5)は自己記入式のPTSD症状評価尺度である。DSM-5のPTSD診断基準に準拠している。20の質問項目があり、0–80点で構成される。31-33点以上がPTSDの診断のカットオフ値として用いられる(26)。

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参考文献
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