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僕の夢物語 理想の町9                 ~子どもを育てる~

 夢野市では、増え続ける子どもたちのために、どんどん学校施設をはじめ教育環境が充実されていった。
 夢野市には私立の学校が無く、小中高まで公立の学校に通い、大学は県外の大学に進学していくしかなかった。
 教育熱心で経済的に裕福な家庭では、小学校、中学校から県都の私立学校に進学させていた。
 夢野市では自宅から通える大学はなく、高等教育を受けるには多額な費用がかかり、それが進学の足かせとなっていた。
 すでに吾一の制定した育英制度を活用して、経済的問題で進学を断念する子どもは少なくなっていた。
 経済的な負担の問題だけでなく、地元に自宅から通学できる大学がほしいといった要望は根強くあり、県立大学の誘致などの陳情も続けられていた。
 このような背景もあり、吾一は、保育園から小中高、そして大学までの一貫校を夢野市に作りたいと考えていた。学校建設には、費用の問題のほか認可をはじめとしてクリアしなければならない課題もたくさんあり、吾一の企業の中に専門プロジェクトを立ち上げ、学校建設に向けての取り組みを始めている。
 学校経営などは、単純に費用対効果を考えれば企業の求めるところではないかもしれないが、理想の町を作りたいと考えている吾一にとっては、教育こそ最も大切にしなければいけない事業一つであると考えていた。
 他の部門で稼いだ資金を活用し、教育事業を展開し、住民が誇りを持って住みたいと考える環境の整備こそが最も大事なものであると考えていた。
 結果として、また、吾一の企業にも様々な形で成果となり、果実がもたらされていた。この10年を振り返っても、十分すぎるほど投資した資金は還元されていたし、更に、莫大な資金を生んでいた。
 有り余る資力を背景に他の市町村ではとてもできない取り組みが夢野市では引きも切らずに展開され続けている。本来行政がやるべきことも、官民の垣根を感じることもなく、吾一が平気で引き受けていた。
 
 吾一の企業には、海外からの職員が多数雇用されていた。
この海外から来た職員には、学校の授業の補助や子ども会活動などへの参加も仕事の一つとして認められており、彼らも喜んで積極的にかかわっていった。
 その結果、子どもたちは、日常の中で英語やドイツ語、中国語など、異国の言葉と触れ合うことができた。
 言葉だけではなく生活習慣や考え方など、日本人の発想とは随分違う価値観も自然のうちに感じ取ることができた。
 また、海外から来た職員の母国へ子どもたちを短期留学させる制度も吾一の企業の活動として行っていた。
 毎年夏休みに、2週間から5週間の範囲で、子どもたちの希望する国への短期留学の制度をつくっていた。
 子どもたちは、夏休みになると海外に行けることから、ますます世界各地への興味を持ち、普段から吾一の企業に出入りし、海外から来た職員と交流を進め、まだ行ったこともない異国の地でどんな体験をしたいか希望に胸膨らませ計画していた。
 吾一の会社の多くには、地域とのコミュニケーションスペースが設けられており、誰でも自由に利用することができた。そこでも可能な限り、子どもたちと職員が話す時間を確保するよう融通されていた。
 外国から来た職員も自分の国のことを子どもたちに伝えることに喜びを感じ、一人でも多く自分の国に引率したいと考える者も多かった。
 コミュニティスペースでは、毎日、学校の終わった子どもたちが自由に参加できる英語教室も開催されていた。
 会社以外でも要請があれば、地域の集会所でも積極的に出向き英語教室は実施された。
 幼児から小学生、中学生まで、いろんな形で英語と触れ合うことから、子どもたちの英語力は飛躍的に向上していった。
 ここで学んだ英語を、夏休みには短期留学という形で実践できることや、頻繁に行われる様々なイベントでは、日本語を一切しゃべらないルールでのゲームが行なわれ、自然に英語を使う工夫もされていた。
 学校の勉強に加えてこのような活動を通じて、子どもたちには自然のうちに英会話を身についていった。
 近隣の市町村の子どもたちと比べ、明らかに、国際理解力や英語力は際立っていた。
 子どもたちの中には、日本語と英語は当たり前で、世界各地から来ている外国人と触れ合うことでその国への関心を持ち、更に多くの言語も身に着けたいと多言語取得に関心を持つ者も多くなっていった。
 
 夢野市では、吾一が来る前から、子どもの個性や興味を大切に、子どもの自主性が大切にされる教育活動が行われていた。
 子どもたちの中には、語学などに興味関心がなく、勉強そっちのけで、スポーツや友達との遊び、ゲームに熱中している子など、一人ひとり興味を持っていることは多様である。
 一様に同じ価値観を押し付けるのではなく、一人一人が興味を持つことを大切に教育が行われていた。
 吾一が夢野市に来てからは、それに輪をかけてユニークな教育が展開され、多くの夢野市の子どもは、身の回りにある恵まれた学習の機会を活かして、楽しみながら知的好奇心に満ち満ちた人として成長していっている。
 
僕の夢物語 理想の町10 ~買い物難民解消~ へ続く


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