少年の国 プロローグ
『少年の国』著者 金水龍 イラスト・執筆協力 松田のぶお
●プロローグ
この少年の物語は、昭和二十年の夏に始まる。
八月中旬のある日、その年四月に入学したばかりの国民学校で集められた子どもたちは、以後しばらくの間登校する必要のないことを告げられた。理由は分からなかったが、ともかく学校に行かなくていいのは何とも解放感があった。
入学以来味わってきた「いじめ」は執拗なものだったし、そのことから解放されるだけでも嬉しくて仕方がなかったのである。帰り道は、心が躍るようで、走りながら家に帰ったことを覚えている。つまり、これが少年に訪れた「終戦」という現実だった。
少年の名は金海守(キム・ヘース)という。
朝鮮半島を植民地としてさげすんでいた当時の日本において、金と名乗る少年が「いじめ」の対象となることは言うまでもない。
少年はやがて両親の祖国朝鮮へと引き上げることになる。日本人にとっては「敗戦」であるが、長い間植民地として支配されてきた朝鮮半島の人々にとっては、祖国を取り戻す「解放」だったのだから、それも当然のことだった。
もう国籍の違いで虐められることもない、そう信じていた祖国の地で、少年を待っていたものは
「パンチョッパリ…(半分日本野郎)」という憎悪の込められた酷い呼び名と、朝鮮戦争による動乱の日々だった。
この「金少年の物語」は、いまや老境に入りつつある私にとって少年時代に味わった、消すことのできない自分自身の物語である。歴史的背景にも考慮するが、あくまで個人の物語として読まれて欲しいと願っている。時々、夜中にふっと目が覚めることがある。するといろいろなことが脳裏に浮かぶ。自分に残された人生は、あと何年ぐらいだろう。 この生あるうちに、何とかして、少年時代の記憶を定着しておきたい、そんな思いでこの物語を書くことを思い立った。
戦争という現実が、人々をどんなに苦しめ、「狂気」としか言いようのない行動に駆り立てていくのか。しかも、同じ民族同士が敵と味方に分かれて戦うむごさ、それは子どもたちにも容赦なく押し寄せる現実だった。 そして、この「朝鮮戦争」は、いまだ終結していない。単に「休戦協定」が結ばれただけで、戦争状態は継続している。それゆえの軋轢は今も続く。 その不安さ、恐ろしさはある。
しかし、その一方で子どもたちは結構たくましく生き続ける。その一端を感じていただければ、幸甚である。
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