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あのひと

チョコラBBと葛根湯をたぶん体にいいからという理由で飲み干す。
昔はあんなに苦くて飲むのが嫌だったけれど、今では美味しいとさえ思ってしまう。ステーキを食べられなかった乳幼児が懐かしい。
何かを知るということは、それを知らなかった私を忘れるということ。外からの情報を入れれば入れるほど、私が薄らいで、半透明になっていく気がする。そのまま消えてしまいたいなとも思うけど、空の色はやっぱり白んだ鉛色で、煙に巻かれてしまう。

満月の夜、もしくはその前日。横断歩道の白に、そっと寄りかかって寝てみる。アスファルトの青色が目に刺さる。目が覚めるころには私は黒。通り過ぎてく車のヘッドライトがついていない。定期的なメンテナンスを受けなくちゃ。自由になりたい。
なんて、そう思っていても、どこにも行かないでといわれる気がする。自信過剰な私もすき。

海の家に忘れ物をした気がする。青春のちょっと前。家族が一番だったあの頃。膨らませた風船を車にのっけて、中に水着をつけて。服を着ているのにどこか気恥ずかしいのは水着と皮膚の摩擦が気持ち悪いから。かすかにナイロンの衣擦れ音がする。
焼きそばはどこで食べても学園祭の味になってしまうんだけど、きっと私は最初からこの味を求めていたんだと思う。たぶん。

いろんな記憶が綯い交じる。家族と海にいった記憶はほとんどない。ただ海に行ったことがあるのを覚えている。そうやって人は消えていくんだね、私の中から。
蕩けて。
混ざって。
ピクトグラムみたいな表象だけが残ってしまう。でも忘れられない。

壊れて捨てたビーチサンダル。ミッフィーが描かれた浮き輪。海辺の風。埃をかぶったプールバッグ。小さい頃の私。
彼らが覚えてる。私の記憶。誰かがいたことを。

たぶんもうすぐ夏になる。

またあの日を思い出してしまう。

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