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鈴の灯りと電飾の音

小説を書いて、朗読をしています。
三分間の物語をお楽しみください。

忘れていた。
いつものスーパーとは逆側に位置する
陳列コストを下げる代わりに
安売りを実現させたあのスーパーで
氷を買うのを、忘れていた。

簡単なもので小腹を満たし、
古びた自転車を回した。
用を済ませ、また来た道を巻き戻す。
丘の上にあるこの街は
駅に近づくほど高くなる。
取り立てて言うほどでもないが、
車以外の足ではしばしばそう感じる。

季節が寄越す熱気は
ここ二週間で落ち着いた。
好きな映画のサントラにある、
優しいピアノが印象的なその曲を耳に流す。
季節外れのイルミネーションが
音もなく小気味良く点滅しては、繰り返す。
坂の上から見下ろす線路に、
細長く灯りが伸びて隣町までの線を引く。
錆びたブレーキが暗い道に反響し、
その狭さをより鮮明に映した。
T字の先から車のヘッドライトが
だんだん濃くなり赤信号で止まった。
追い抜く僕を、その先でまた追い越した。

薄くかけていたピアノの音に
鈴虫たちの声があてがわれる。
カーブの先でテールランプが一つ欠け、
ゆっくり見切れた。

忘れていた。
最短距離で帰るための最後の曲がり角を、
曲がるのを忘れていた。
パーキングの「空」を映す電球が
煌々と光る先の十字路を、今度こそ曲がる。
少し溶けてしまった氷が
カゴでカタカタと音を立てて、
僕の車輪を急かした。

また同じように忘れた氷を、
溶かす間も無く日は落ち、また昇る。
いつものように街を出て、
またいつものように夢を見る。

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