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『ベニスに死す』 “Death in Venice” 実はコレラ疫病が蔓延する様を描いたヴィスコンティの芸術作品です

ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』(71年)は、芸術(アート)映画史上に残る大傑作である事に異論はない。

故淀川長治先生が愛してやまなかった映画だということも知ってる。なぜなら初老の音楽家が、美少年に恋してしまうストーリーだからだ。

だが、この映画は実は恐ろしいコロナ疫病の感染も描いている。だから「ベニスに死す」なのだ。

ベニスでは14世紀にはペストが大流行し、隔離するための収容所も作られた。その後も17世紀まで度々ペストが流行した。市内に巨大な教会が多いのもそのためである。1918年にはスペインかぜがありと、数々の感染症を経験してきた歴史がある。

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主人公の音楽家グスタフ(ダーク・ボガード)は、体調を崩し医者に静養しなさいといわれ、ミュンヘンからベニスの避暑地リドへやってくる。
同じホテル内で、めちゃ美しい少年を見つけ、初老の主人公は恋をしてしまう。彼の名前はタージオ(ビョルン・アンドレセン)。恋焦がれてモンモンとしてしまう日々に耐えられなくなり、予定を切り上げ帰国することにするが、手違いで荷物が駅に届かず、グスタフは(こみ上げる嬉しさを抑えながら)リドへ戻る船に乗る。

その際、ベニスの駅で一人の男性が突然倒れるのを見かける。ホテルへ戻り、支配人に「海外の新聞には感染症のことが載ってるのに、地元の新聞には載らないのはなぜだ?」と聞くが、当地では大したことないので気にしないでください、と言われる。

町へ出てみると、道を消毒して歩いている男がいる。町中からなにか変な臭いがする。町の人に聞いても誰も答えてくれない。

グスタフは銀行で両替をした際、行員の一人に意を決して尋ねてみたところ、別室に通され恐ろしい事実を聞かされる。

「実は数年前からガンジス川起源のアジア・コレラが各地で発生しています。ペルシャから隊商ルートでモスクワ、ヨーロッパを横切り、海づたいにシリア、パレルモ、ナポリに来て、カリビア海に根を下ろしました。北イタリアはまだ安全ですが、このベニスは無防備状態です。この地は季節風が吹きあれ沼も多く、先ごろ2人の病死者からコレラ菌が発見されました。この事実は秘密にされています。今では死亡者が増えすぎて病院のベッドは空き1つありません。住民が口を閉ざすのは、ベニスの住民は観光客で生活しているからです。観光客のいないベニスは寒々とした冬よりも惨めです。すぐにお発ちになるのが賢明です。2、3日中に交通手段が途絶えます」(シネフィルWOWOW放映版より抜粋)

その夜、グスタフは美少年が一家で外出するのをつけてストーカーのように町を歩く。人はおらずいたるところで焚き火を見る。感染者の洋服などを焼いているのだ。医者へ行ったであろう一家を見ながら、グスタフも自分の身体に異変があるのを知る。

時代設定が1911年だから、情報は新聞しかない。観光地であるベニスが感染事実を隠蔽するのは地元の経済のため。
100年経った今でも、人間は同じ過ちを犯している。どこかの国では新型コロナウィルスがわかった後でも、中国の国家主席を迎えるため、オリンピックを開催するため初動が遅れてしまった。国民の命より政治家の面子や経済が大事なのだろう。

この映画の舞台となったベニスのあるイタリアも新型コロナ肺炎で大変な事になっている。死者が2万人を超え未だ収束が見えない(2020年4月14日現在)。
観光地ベニスも、この映画の舞台となったリド(毎年9月ヴェネツィア映画祭が開かれる)もロックダウンされている。その誰もいない街の映像をニュースやネットで見ると、心が痛く悲しい気持ちになる。

この見事なアート作品(Work of Art)についても、少しだけ書いておこう。(ちとネタバレあり)

一隻の船が煙を上げながら現れ、それにかぶさるマーラーの交響曲第5番。このファーストシーンから魅せられる。
リドのホテル、ディナーの待合室。とある家族が談笑している。一人ずつカメラがパンし、最後に映るのが、なんともしれん美少年(←淀川長治調・笑)。

その美少年がこちらをチラッと見て、はにかんだような微笑んだような表情を見せる。これで主人公グスタフはイチコロ、メロメロになってしまう。
彼は叫ぶ “You never smile like that. I love you.”と。

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「美は滅びない。」とはこの映画の惹句だが、美少年役のビョルン・アンドレセンをフィルムの上に焼き付けただけでもこの映画の価値があるだろう。男色ではない自分でも見惚れてしまう美しさ。ヴィスコンティの「男目線」である。

ぼくが初めてこの映画を観たのは、たしか大学の頃だったと記憶している。その時は主人公の感情が全く理解出来なかった。今回歳をとってから観てみると、主人公グスタフの気持ちが痛いほどわかった。自分でも驚いた。タージオを好きになってジリジリして身も心もよじりたくような心情が伝わってくる。ここに描かれていたのは乙女の片思いだったのだ。

当時は男性も化粧をしていたので、ラスト近く床屋で初めて化粧をして浜辺にいくグスタフ。あたかも死化粧だ。そして「憧れの君」をじっと見つめる。

ビーチで椅子に座り、逆光に照らし出され、眩いばかりの美少年タージオを見ながら息絶えるラストシーンは「生と死」の見事なコントラスト。年齢を重ねてから観るとマーラーの曲と相まって心に染みる。

好き嫌いは別にして、映画好きなら一生に一度は見ておくべき芸術映画の一本だろう。

てなことで。


最後までお読みいただきまして誠にありがとうございました!