見出し画像

朝は不思議な力があるからこそ。朝のルーティン。

朝活の写真を何度も投稿しているのは朝を歩く
まさに朝のルーティンがあってのこと。

もう既に朝はワタシにとって
必ず何かを得るものとなっているらしく
見事にルーティンは回転し続けている。

朝を歩くのはもう既に15年以上。
外泊しても外泊先で歩くほど
朝は特別。

それが当たり前のように夜明けはあって
毎日来るものだと思っているという感覚から
次第に
朝が必ず来るとは限らないという
そういう観点もこの歳になって感じている。

だから余計に大切に朝を感じたいと思ったら
いろんなルーティンが生まれてしまった(笑)

朝に目を覚ますこと。
朝に主人と歩こうと玄関へ向かうこと。
朝を歩くこと。
朝に空を見上げること。
朝に風を感じること。
朝にいつもの場所でカラスに挨拶すること。
朝にラジオ体操をすること。
朝に神棚の水を変えること。

案外いろんなことがルーティン化されていることに
驚き( ゚Д゚)

とはいえ
それはきっと朝には見えない不思議な力があるんだと
ここ最近感じている。

朝だから出来ることが実は沢山あるような。

それはもちろん昨日の疲れを睡眠でリセットしたから
フットワークが軽いという
単純な理由もあるとは思えど
それだけじゃないのを感じている。

早起きは三文の徳ということわざも
誰もが一度は聞いたことがあるかと思う。

でもそれを地で
長いことこれまたルーティンとして実行している身としては
それを肌で感じ取ってるのかも知れない。
365日起床4時半(爆笑)

朝の澄んだ空を見ることが出来るのも
朝の月明かりに照らされるのも
何だか得した気分になってしまうくらいに
神秘的な気持ちになってしまう。
鳥のさえずりをライブ感覚で感じるのも
これまた異空間。

すべて朝が一日を決めるかの如く
気持ちのスケールが朝の不思議な力が作用しているのも
実は肌が知っている。

ルーティンをこなすことで
きっと整うんだと思う。
気持ちも身体も。

でも
どれもこれも最初は目的は全く違って
痩せたいから歩くだとか
会社が遠いために早く家を出なくちゃいけないから
なんていう理由が始まり。

だけど気づいたら
そういうことではなく
もう本能が朝を求めている感覚になった。

今は痩せたいと切望していないし
会社も辞めた(笑)
それでもルーティンは続いている。

あの朝を感じている心地よさを
何か行動とミックスすることでより深く味わっている
そんな感じになっている。

おかげ様で
この親で育った子供たちは
朝が強くなった。
必然的に早い時間から親が動いているという環境。

なので親元を離れ社会に出てからも
余裕で一日が始められてるらしい。

それもルーティンのなせる業かもね。




#朝のルーティーン

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?