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初期モダニズムの名作 神奈川県立図書館・音楽堂

こんにちは、Akiです。
建築好き通訳ガイドの視点から、建物の魅力について紹介します。
(建物の概要のみ英文併記します)

今回は、前川國男の初期モダニズムの名作「神奈川県立図書館・音楽堂」です。

神奈川県立図書館・音楽堂とは

戦後間もない昭和29(1954)年に建設された、図書館と音楽堂の複合施設です。1952年のサンフランシスコ講和条約締結記念事業の一環として計画された図書館建設に、戦争の傷跡残る神奈川県に赴任した知事・内山岩太郎(うちやまいわたろう)が、「大衆が落ち着いて音楽を楽しみ、明日への力を養う場が必要だ」との思いを胸に、図書館併設の音楽堂建設を実現させました。

設計は戦後日本のモダニズム建築をリードした前川國男。建物は、コンクリートの柱で持ち上げられたピロティと呼ばれる開かれた空間、大きな窓で外光を取り入れる閲覧室やホワイエなどを持ち、日本の初期モダニズムの代表作といわれます。

音楽堂は英国のロイヤル・フェスティバル・ホールを参考に、公立施設としては日本で初めての、本格的な音楽専用ホールとして建設されました。ホールの壁から天井にまで木を使用し、その温かみのある音響は当時「東洋一の響き」と絶賛され、今も国内外から高い評価を受けています。

前川没後の1993年、神奈川県立図書館・音楽堂のある紅葉ケ丘の再開発構想が持ち上がりますが、この建物を大切に思う県民や音楽家、建築家が保存活動を展開し、解体の危機をまぬがれました。

1998年には優れた公共施設として「公共建築百選」に、1999年には日本におけるモダン・ムーブメントの建築としてDOCOMOMO(Documentation and Conservation of buildings, sites and neighborhoods of the Modern Movement)20選に選ばれています。

建設から70年近く、改修・耐震補強などが施されながら大切に使われ、多くの人に親しまれている建物です。

(概要英文)
Kanagawa Prefectural Library and Music Hall were completed in 1954, just nine years after WW II.
Iwataro Uchiyama, the governor assigned to Kanagawa Prefecture, where the scars of the war remain, realized the construction of the facilities with enthusiasm, "the people need a place to relax and enjoy music to build up the power for tomorrow."

Kunio Maekawa, an architect who led Japanese modernist architecture, designed the buildings. The complex is a masterpiece of early modernist architecture in Japan, with an open space called pilotis lifted by concrete pillars and the rooms taking in natural light with large glass windows.

Referring to the Royal Festival Hall in London, the Music Hall is Japan's first authentic music hall as a public facility. The acoustics were acclaimed as "the best sound in the Orient," with wooden panels covering the walls and ceilings.

Despite a redevelopment plan of the premises in 1993, the conservation activities conducted by the people who love the facilities, including musicians, architects, and the citizens, saved the complex.

In 1999, the buildings were placed on the list of Docomomo Japan, a non-profit organization dedicated to "Documentation and conservation of buildings, sites, and neighborhoods of the Modern Movement."

The people have used the buildings with love and familiarity for nearly 70 years.

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神奈川県立図書館

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神奈川県立音楽堂

神奈川県立図書館・音楽堂の見どころ

神奈川県立図書館・音楽堂はJR桜木町から紅葉坂を上った高台、紅葉ケ丘と呼ばれる場所にあります。横浜港を見下ろすことのできるこの場所には幕末の頃、神奈川奉行所が置かれていました。

現在、ここは神奈川県立図書館・音楽堂の他、同じく前川國男設計の神奈川県立青少年センター(1962年竣工)、神奈川婦人会館(1965年竣工)が広場を取り囲み、日本のモダニズム建築の巨匠が手がけた公共建築群が形成する、貴重な文化ゾーンとなっています。
前川國男は東京帝国大学建築学科を卒業後、近代建築の巨匠ル・コルビュジエやアントニン・レーモンドの事務所で学び、公共建築やオフィスビルなど数多くのモダニズム建築を手がけました。

神奈川県立図書館・音楽堂の建設に当たっては、前川國男の他、坂倉準三、丹下健三など、有力な建築家を5氏指名してコンペ(競技設計)が行われ、その結果、段差のある地形を活かして配置した、2つの建物を通路でつなぐ前川案が採用されました。
こうして実現された神奈川県立図書館・音楽堂は、前川の初期モダニズム作品として、ル・コルビュジエの影響も感じさせる名建築として、多くの見どころを持っています。

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横浜・紅葉ケ丘

神奈川県立音楽堂

紅葉ケ丘の広場に入ると、正面にコンクリートの柱で持ち上げられた、ピロティと呼ばれる開放的なエントランスを持つ建物が、人々を迎え入れるように穏やかな雰囲気で佇んでいます。
前川建築には重厚なイメージの建物が多いのですが、この神奈川県立音楽堂は少し細身の、軽快な印象を与える建物です。

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神奈川県立音楽堂・ピロティ

黄色く塗られたフレームが入口であることを示し、その中に入ると左手奥に広々とした、光あふれるホワイエが広がっています。ホワイエを囲む大きなガラス面が、外光を取り入れるとともに、外部の庭とつながるような開放感をもたらしています。
天井を支えるコンクリート打ち放しの柱が、外の木立と呼応するように立ち並んでいます。
中庭に向かって広がる天井は、2階ホールの階段状の床の形がそのまま出ていて、空間を有効に活用しています。

コンクリート打ち放しの柱は、年月を経た渋い色合いと、型枠の木目が現れた表面が相まって、何ともいえない存在感を放っています。神奈川県立図書館・音楽堂の建設は戦後間もない時期で、当時はコンクリートミキサー車もなく、手作業でこねたコンクリートを木の型枠に流し込んでつくられています。
当時の建築現場の様子をビデオで見たことがあるのですが、全てが手作業で大変な作業だったことが偲ばれました。

ホワイエの床は、大理石や御影石を砕いてモルタルを混ぜ、磨き上げたテラゾーという仕上げ。当時の職人が全て手作業で丁寧に作ったものです。

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神奈川県立音楽堂・ホワイエ

建物内の壁は、ル・コルビュジエばりの色鮮やかな赤や緑で塗り分けられ、輪郭にメリハリがつけられています。

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ホールは、前川に提示された設計条件の一つ「英国のロイヤル・フェスティバル・ホールを参考とする」にしたがい、そのころ発表されたロイヤル・フェスティバル・ホールの音響レポートを前川が英国で購入し、それを徹底的に研究して設計されました。

ホール内部は壁から天井にまで全面的に木が使用されており、入った瞬間に柔らかく温かい印象を受けます。演奏時には、ホール全体が楽器のように共鳴し、豊かな音響をつくりだします。

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神奈川県立音楽堂・ホール

神奈川県立図書館

図書館は音楽堂とは対照的に、広場側からは閉じた印象を受けます。外壁の大部分には、ホローブリックと呼ばれる、穴あきブロックが使用されています。このブロックは建物の重厚感を和らげ、軽やかな印象にするとともに、内部に入る光をコントロールしています。

白く塗られたブロックの内側が太陽光を反射し、閲覧室の明るさを均一にして落ち着いた雰囲気をつくりだします。そして夏は日差しをさえぎり、冬は光を取り込めるよう、横浜の太陽高度から計算された形に成形されています。

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神奈川県立図書館

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神奈川県立図書館・ホローブリック

館内を歩いて気付くのは、適度に見え隠れするような空間、そして1、2階が大きく吹き抜けになった、明るい空間です。そのときの気分や好みに合わせて、落ち着く場所を選ぶことができます。
私が好きなのは、吹き抜けの大空間の閲覧室です。大きなガラス面からは光が差し込み、中庭や向かいの横浜能楽堂、そして掃部山の緑を眺めることができます。

名建築の中での読書や勉強は、とても幸せな気分にさせてくれます。

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図書館と音楽堂は完全に正対するのではなく、少しずらして配置され、広場や庭となる空間がつくられています。
2つの建物をつなぐブリッジ(通路)は、視線をその先にある掃部山公園に導き、その先に続く空間の広がりを感じさせます。

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神奈川県立図書館(左)・音楽堂(右)

ブリッジをくぐり抜けて、掃部山側から図書館を見ると、建物の印象は一変します。吹き抜けの閲覧室のガラス面を大きなコンクリートルーバーが覆い、軽快さの中に力強さを感じさせます。
ル・コルビュジェのブリーズ・ソレイユという日除けルーバーを想起させるコンクリートルーバーは、館内に差し込む日差しを軽減しています。

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神奈川県立図書館・コンクリートルーバー

おわりに

神奈川県立図書館・音楽堂は、図書館と音楽堂という、珍しい組み合わせ複合施設です。その実現には、当時の神奈川県知事・内山岩太郎の強い思いと実行力がありました。
内山は、1946年に官選知事として神奈川県に赴任。翌年の選挙で公選知事となり、1967年まで5期20年にわたり知事を務め、神奈川県の戦後復興を牽引しました。
神奈川県立図書館・音楽堂の他にも、鎌倉近代美術館(現鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム)、シルクセンター国際貿易観光会館(いずれも前川國男と同様に、ル・コルビュジエに学んだモダニズム建築家・坂倉準三の設計)の建設を実現しました。

内山の功績を想うとき、香川県知事を務めた金子正則のことに思いが及びます。金子も空襲で被害を受けた高松に、丹下健三設計の香川県庁舎を建設し、香川県が今日のアート・建築で有名となる礎を築きました。

名建築を生み出した人々のストーリーを知ると、建物の鑑賞体験が一段と興味深くなるように思います。

神奈川県立図書館・音楽堂 データ

所在地:横浜市西区紅葉坂9-2
構造:RC(鉄骨鉄筋コンクリート)造・一部鉄骨造2階・地下1階
設計者:前川國男
建設:大成建設
竣工:昭和29(1954)年
公共建築百選、DOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築

参考文献

「神奈川県立音楽堂 ホームページ」
「ル・コルビュジエから遠く離れて――日本の20世紀建築遺産」(みすず書房)松隈洋
・「横浜近代建築-関内・関外の歴史的建造物」
 公益社団法人日本建築家協会関東甲信越支部神奈川地域会、まちづくり保存研究会

横浜・紅葉ケ丘の前川建築を巡るツアー


最後まで読んでいただき、ありがとうございました! これからもご愛読いただけると嬉しいです!