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横浜の歴史を伝える「横浜開港資料館」

こんにちは、Akiです。
建築好き通訳ガイドの視点から、建物の魅力について紹介します。
(建物の概要のみ英文併記します)

今回は、横浜発展の歴史の中心地ともいえる場所にある「横浜開港資料館」です。

横浜開港資料館とは

「横浜開港資料館」は、横浜の開港期から戦前までの歴史資料を収集・公開する施設です。横浜開港資料館は、安政元(1854)年にペリーが上陸し、日米和親条約が締結された歴史的場所に立ち、その中庭にある「たまくすの木」は当時から横浜の歴史を見続けてきました。

かつて英国総領事館だったその敷地には、新旧2つの建物が「たまくすの木」を囲むように立っています。それらの建物は、英国工務省の設計により昭和6(1931)年に建てられた、歴史主義様式の特徴を持つ旧領事館と、歴史や街並みとの関係を重視した建築家・浦辺鎮太郎(うらべしずたろう)による、昭和56(1981)年竣工の新館です。

横浜開港資料館は、旧英国総領事館の建物(旧館)と空間を継承し、現代の建物(新館)が周囲の街並みと調和しながら、横浜の歴史を静かに守り伝え続けている施設なのです。

Yokohama Archives of History is a facility, preserving and exhibiting Yokohama's historical materials from the mid 19th to the early 20th century.

The facility stands at the historic site where Commodore Perry landed, and the Japan-US Treaty of Peace and Amity was concluded in 1854.
Since then, Tamakusu, a kind of camphor tree, has witnessed the history of modern Yokohama from the courtyard.

The old and new buildings coexist around the Tamakusu tree: the former Consulate building with a classical architectural style designed by the UK Office of Works in 1931, the new building in 1981 by Shizutaro Urabe, an architect who emphasized the contexts of history and cityscape.

Inheriting the premises of the former British Consulate General, the facility quietly preserves and conveys the history of Yokohama while the modern building harmonizes with the surrounding cityscape.

横浜開港資料館/旧横浜英国総領事館の歴史

横浜における最初の英国領事館は、開港年の安政6(1859)年、神奈川宿の浄瀧寺に置かれましたが、その後、外国人居留地に新しく建物が建てられます。

請け負ったのは「横浜をつくった男」ともいわれ、現在も横浜高島町にその名を残す高島嘉右衛門(たかしまかえもん)。アメリカ人建築技師・リチャード・P・ブリジェンス(Richard Perkins Bridgens)の設計により、慶応2(1866)年、現在の「横浜人形の家」の場所に英国公使館が建てられました。
木骨構造に平瓦を張り、目地を漆喰で固めた「ナマコ壁」の和風洋館でした。

高島嘉右衛門とブリジェンスは以後、横浜で次々と西洋館の建設を手がけていきます。

続いて明治2(1869)年、現在の旧英国総領事館の敷地に、ブリジェンス設計の英国領事館が建設されます。この建物は木骨石造という、木骨構造の外側に石を積み、外見を石造のように見せた西洋館でした。「たまくすの木」とともに錦絵にもたびたび描かれ、明治の横浜を代表する建物のひとつでした。

この建物は残念ながら大正12(1923)年の関東大震災で倒壊・焼失してしまいました。
現在の旧英国総領事館には、当時犠牲になったイギリス人4名を悼む銘板があります。

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現在の旧英国総領事館は関東大震災後、英国工務省の設計により、資材を英国から取り寄せて、昭和6(1931)年に建設されたものです。長く総領事館として使用された後、昭和47(1972)年に業務をすべて東京の英国大使館に移管し、その役目を終えました。

その後、横浜市が昭和54(1979)年に建物を取得。昭和56(1981)年に新館を建築し「横浜開港資料館」がオープンしました。
旧英国総領事館は平成12(2000)年に横浜市指定文化財、平成19 (2007) 年に経済産業省の「近代化産業遺産」に指定されています。

横浜開港資料館の見どころ

横浜開港資料館の入り口は3つあり、それぞれ日本大通り、海岸通り、開港広場に面しています。門柱や門扉は、総領事館当時のものが使用されています。

開港広場に面した東側の門のところには「旧門番所」があり、この建物も横浜市指定文化財です。長らく喫茶室として使用されていましたが、施設改修工事のため営業を終了しています。

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海岸通り側には新館が大きな門のように立ち、その正面入り口を抜けると中庭で「たまくすの木」が迎えてくれます。

たまくすの木の向こうに、旧館(旧英国総領事館)の正面玄関があります。中庭と旧館は、横浜開港資料館の開館時間中は誰でも入ることができます。

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旧館(旧英国総領事館)

旧英国総領事館の建物は、耐震・耐火性能の高いRC(鉄筋コンクリート)造の建物です。外壁は人造石が張られていて、石造建築のような外観です。

当時の流行になりつつあった、鉄・ガラス・コンクリートを使用した機能的な建築を追求する「モダニズム建築」の影響を受けながらも、英国総領事館らしく古典主義様式の装飾を随所に散りばめ、シンプルながらも大英帝国の威信が感じられます。

18世紀~19世紀初期にイギリスで流行したジョージアン様式を採用した建物といわれています。シンメトリー(左右対称)で、ペディメントと呼ばれる三角屋根状の装飾やオーダーと呼ばれる円柱などが特徴です。

建物は、基壇(地階)、主階(1,2階)、屋階(3階)から成る、古典主義の伝統的な壁面3分割を踏襲しています。

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正面玄関の左右には1,2階を貫く大オーダーの円柱が目をひきます。オーダーの中でも、最も華やかといわれるコリント式の柱頭は、アカンサス(葉薊:はあざみ)の彫刻が飾ります。

玄関ドアの上部は植物紋様の細工が施されたガラス窓がはめ込まれています。その上にある櫛形のブロークンペディメントには領事館時代、英国王室のエンブレムが飾られていたそうです。

さらに上部には、長方形と扇形のガラス窓、そしてカマボコ型のヴォールト天井が続き、この正面玄関部分が一番のみどころとなっています。

玄関左右、外壁の窓の形は長方形が基本ですが、ペディメントのある窓や、3階の丸窓をキーストーン(要石)とカーテンのドレープのような飾りで囲むなど、建物の表情が単調にならないようにアクセントを加えています。

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重厚で立派なドアのある玄関を入ると、その先は旧待合室。現在は記念ホールとして、旧領事館や横浜に関する銘板や資料を見ることができます。
窓が大きく明るいホールには、ジョージアン様式の椅子が置かれ、休憩室としても利用されています。
また、廊下の壁面は当時流行した、表面が布目状のタイルが、一枚一枚異なる風合いを見せてくれます。

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新館(横浜開港資料館)

昭和56(1981)年に横浜開港資料館としてオープンする際、資料を収蔵・展示する目的で新館が建設されました。新館の設計を手がけたのは、歴史や街並みとの関係を重視する建築家・浦辺鎮太郎(うらべしずたろう、1909~1991年)です。

浦辺鎮太郎は、機能性重視のモダニズム建築全盛の時代に、歴史や街並みへ配慮し、独自の工芸的なデザイン性を持つ建物を多く手がけました。特に、出身地の倉敷の風土と伝統的な街並みに調和する建物を通して、倉敷のまちづくりに貢献した功績が称えられています。

浦辺は、横浜市の都市デザイン室長で都市プランナーの田村明(1926–2010年)との出会いによって、横浜市の建築を手がけることになりました。
「開港資料館新館(1981年)」のほか、港の見える丘公園にある「大佛次郎記念館(1978年)」、「神奈川近代文学館(1984年)」も浦辺が設計したものです。

新館はたまくすの木を囲み、旧館と呼応するようなコの字形の建物で、海岸通りに面して立っています。
一見、無表情で地味な建物ですが、そのデザインを読み解いていくと興味深いことが見えてきます。

外壁の白いラインは、横浜開港当時の洋館に多く使われた「ナマコ壁」をイメージさせます。このナマコ壁は、慶応2(1866)年に建てられた英国公使館で使用されていました。
当時の風景を撮影した写真には、その敷地にあったナマコ壁を持つ長屋門が写っていますが、新館はまさにこの長屋門のような形をしており、配置も海岸通りに面した「門」のようになっています。

また、新館の高さは海岸通りに残る昭和初期の建物と同程度で、周囲の街並みと調和するような配慮がなされているように見えます。

新館の足元の部分は、横浜になじみのある赤煉瓦風のタイルやブロックがデザイン性を持って外壁を覆い、どこか工芸品のような手仕事的な印象を与えています。

新館を細かく見ていくと、横浜の歴史と街並みに対する浦辺の思いが伝わってくるようです。

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おわりに

横浜開港資料館は、ペリー上陸・日米和親条約締結の地であり、明治から昭和にかけて長らく英国領事館が置かれた歴史的な場所にあります。

横浜の歴史を生き証人である「たまくすの木」、昭和初期に建てられた英国ジョージアン様式の貴重な「旧英国領事館」、そして横浜の歴史と街並みへのオマージュ(敬意)を感じる「横浜開港資料館新館」は、横浜開港の歴史を伝える最高の舞台を提供しているように思えます。

建築のすばらしさもさることながら、新館・旧館に展示されている当時の錦絵・写真・地図など、さまざまな資料を通して学ぶことができる、横浜の歴史を体感できる興味深い空間です。

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横浜開港資料館 データ

所在地:横浜市中区日本大通3

旧館(旧横浜英国総領事館)

構造:RC(鉄骨鉄筋コンクリート)造 3階・地下1階
設計者:英国工務省
建設:昭和土木建築
竣工:昭和6(1931)年
横浜市指定有形文化財

新館(横浜開港資料館)
構造:RC(鉄骨鉄筋コンクリート)造、S(鉄骨)造 3階・地下1階
設計者:浦辺鎮太郎
建設:清水建設
竣工:昭和56(1981)年

参考文献

「横浜開港資料館 ホームページ」
「建築家 浦辺鎮太郎の仕事: 倉敷から世界へ、工芸からまちづくりへ」(学芸出版社)
「横浜洋館散歩―山手とベイエリアを訪ねて」(淡交社)
・「横浜近代建築-関内・関外の歴史的建造物」
 公益社団法人日本建築家協会関東甲信越支部神奈川地域会、まちづくり保存研究会

最後まで読んでいただき、ありがとうございました! これからもご愛読いただけると嬉しいです!