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源平シャーク

 1188
 
 瀬戸内海上

 波穏やか風爽やか。しかし、一隻の船が今まさに沈まんとしていた。
 原因は、鮫(サメ)!
 巨大な鮫がその身体を絶えず船に叩きつけている。
 船上には源義経、そして巨漢の僧兵、弁慶を含む数人の家来たち。相手が武士であれば無類の強さを誇る彼らも相手が鮫とあっては為す術もない。風にさらわれる木の葉のように船上を転がることしかできない。

 一方、船の真下、海中に突き出た岩におびただしい数の蟹が集まっている。ただの蟹ではない。甲羅に浮かぶは苦悶の表情。平家の亡霊たちの変わり果てた姿であった。
「愉快じゃのう!」
「見よ、馬鹿な源氏が飛び込みおったぞ」
「ほほほ、食われおった」
「さすが平(たいら)の鮫!」
「平!」
 深海に平の大合唱が響く中、海上の鮫が突如動きを止めた。その巨体をひるがえし、深海へ矢のように突っ込んでくる。
「平!」
 蟹たちは気づかない。ご機嫌。ご機嫌平家蟹。
 しかし鮫が、来る!
「平!平!」
 鮫が、来た!
「アッ!?」
「なぜ!?」
「どうして!?」
「平を食うな!源氏を食わぬか!」
「アッアッアッアー!」
 甲羅のかみ砕かれる音が海中に響く。
「どうなっておるのじゃ!?」
「分かりませぬ」
「分からぬと申すか」
「ああっ!?」
「どうした!」
「鮫が、平の味を覚えました」
「どういうことじゃ」
「このまま時を遡りますれば」
「どうなる」
「源氏も平も食らいつくしましょう」
「なぜじゃ!?」
「分かりませぬ!」
「なぜ鮫が時を遡る!?」
「そうしろとおっしゃった!」
「誰がそんなことをいうた!?」
「平が!」
「平が!?」
 確かに言った。源氏の血を覚えさせよと。時渡る鮫で源氏を根絶やしにせよと。その結果が、これ?平が間違えた?否!平は間違えぬ!鮫!平は、鮫!鮫!鮫が、来る!

 鮫が時を遡る。
 血の匂い、肉の味を辿り、時を遡る。
 そして、
 鮫は、
 たどり着いた。

「扇をあげよ!」

 1185

 壇ノ浦

【続く】

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