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フィクショニズム File05

サイトーが死んだ。彼はこの世にはもういない。
戦争と言う物語が始まった。
みんなはもう普通の平和な物語には飽き飽きしちゃったみたいだ。
「何のために戦うの?」
僕はこれから戦場に行くという隣の人に話しかけてみた。
彼はこう答えた。
「そりゃあ、物語を物語たらしめるために戦うのさ
人を殺して、自分が殺されてってさ。そこにはたくさんの物語がある訳だろ?殺される人物に内包される物語が分厚ければ分厚いほど殺しがいがあるってものさ」
「…僕はまだ死にたくないよ」
「あぁ?僕?お前なんか幼い喋り方するな…?お前ひょっとして女か…?お前にもいい物語がありそうだ。今度俺がまだ生きてたら教えてくれよ」
じゃ、俺行くから。といって彼は戦地に向かった。物語のために。
彼はその日死んだらしい。敵の銃弾を浴びて。

物語の中では死んだ人物に焦点が当たることはない。物語には多くの場合主人公が存在して、その主人公がある程度まで成長したり、死んだりしたら物語は終わる。でも多くの物語はハッピーエンドで終わる。
「物語ってさあ、主観的なものだよな」
サイト―が言う。
今僕らは学校の屋上で青春という名の物語を現在進行形で味わっている。
制服を風にはためかせ、青い空の下でオレンジの缶ジュースを飲みながら街の景色を眺めている。
「主観的?」
「そう。だってさ。いくら作者が物語、つまり風景や登場人物を鮮明に記述したところでさ」
サイトーはオレンジジュースを飲み終える。半袖の制服。あえてズボンにしまわないところがなんとも物語らしい。君こそ主人公なんだろう。と思う。とはいえ後に彼は死んでしまうのだが。
「結局その物語を想像するのは読者だろ?読者の主観によって物語は形成されるわけだ。銃を作るのは作者であって引き金を引くのは読者なんだよ」
「もっといい例えないの?物騒だな~」
僕は顔をしかめて見せる。
「え?じゃあ、楽器をつくるのは作者で、奏でるのは読者ってのはどう?」
「いいね。そっちの方がいいよ」
あの空はどこまでも青かった。いや、今思えばすこし曇っていたかも。いずれにせよ周りの風景がどうだったかはよく憶えていない。青春として美化してるきらいがあることを否めなくもない。でも会話の内容は本物だ。彼とした会話はよく憶えている。彼は本当に素敵な人間だった。戦争に行って死んでしまったが。

数年後。
猪田が死んだ。猪田はもうこの世にはいない。
猪田というのはイノシシのことで人の名前ではない。
飢餓と言う物語が始まった。
戦争が始まったことが原因だった。
建物が壊れ、心は荒み、秩序が無くなる。
全ては国をつくるという物語のためだった。
再び秩序を形成するためだった。
僕は山で過ごしていた。ある日罠にかかった猪を見つけた。罠にかかって鼻息をフンフンしている姿がかわいらしかったので、猪田と名付けることにした。
捕まえて皮を削いでいる最中、僕は猪田に尋ねた。
「ごめんな。猪田。これからお前を食わなきゃいけない」
やさしい猪田は言う。
「いいんだ。おいしくたべてよ。僕は君さえよければそれでいいと思うんだ」
やさしくない猪田は言う。
「勝手に都合よく解釈するな。なんで俺がおまえにたべ」
僕は血抜きがしっかりできているかを調べてすこしずつ猪田を食べることにした。

物語とはエゴの塊なのかもしれない。

死んだ人間や動物は物語に呼ぶことができる。辛いときや悲しい時に語り掛けてくれるという役回りにすればいい。時を超えて彼らは自分の都合のいい状態のまま語り掛けてくれる。
記憶は嘘をつかない。少なくとも僕はそう信じたい。
でも、記憶も物語の一部であるならば、その限りではないのかもしれない。

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