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幻影②

第二章 波の音

十七歳の夏休み
 僕はひとりになった。高校では日佐人とも離れてしまい、こんなサングラスをかけた奴に話しかけてくれるような奴は(最初は興味本位で話しかけてくる人もいたけど)段々疎遠になっていった。
 でも日佐人は今でもたまに電話をかけてくれる。彼はまだ僕を見てくれていた。
 そんな僕にも足しげく通う場所があった。
 海辺だ。
 家から1時間くらい電車を使わないと行けないが、それでも距離の遠さがどうでもよくなるくらい気持ちの良い場所だった。
今日もそこに1人で行く。時々学校には行けない日はそうしている。
 来年のクラスでは仲のいい人ができるといいな。
 いつものようにぼぉーっと海を見ていた。波の音はいい。心のもやもやをかき消してくれる。家を出るときは空一面雲でおおわれていた。けど、今は少し雲が減って、その隙間から見える青い空が雲一つない時の青い空よりもより一層美しく見えた。
 ここには人もあまり来ないから、サングラスをかける必要もなかった。
 僕は数時間ほど海を打ち眺めていた。
その時だった。
「何してるの?」
……え?
 振り返ると女の子がいた。僕と同い年くらいの子だった。いや、驚いたのは女の子が話しかけてきたとかそんなことじゃない。色だ。彼女の色が……
黒色だった。アイツと同じ真っ黒な色。
 僕は咄嗟に冷静さを装う。
「何って…見ての通り海を見てるんだよ」
「君高校生?」
「うん、高校2年生」
「え?私も!奇遇だね!」
「あぁ…そうなんだ…」
 すごく感じのいい子だな…いや、そんなことより!黒い色の人にはあの一件以来出くわしたことがなかった。この子は罪をこれから犯すのか?犯そうとしているのか?
 窃盗?…殺人?こんな華奢な子が?
「どうしたの?なんか考え込んでる?」
「いや、なんでもないよ」
———それとなく探ってみるか?
「ねぇ、今日は学校ないの?」
「それはあなたもおなじでしょ。名前は?」
「玄弥。君は?」
「私は眞白(ましろ)。お互い余計なことは聞かないほうがいいでしょ。それに、私のことなんて興味ないでしょ」
「…じゃあ、なんで。なんで僕に話しかけてくれたの?」
……!色が少しずつ薄まっていく?僕との会話で罪を犯すことに躊躇いを感じたのか?
「それは、うん。ふつうは絶対知らない人に話しかけないんだけど。なんだかあなたは、今まであったどんな人よりも話しかけやすくて、話しかけてみたかったんだよね…」
 僕は心の中に暖かいものを感じた。いや、あったときから感じていた。不思議とこの子には惹かれる。けど今は————
「そっか。ありがと。眞白」
 どうする?少しだけ薄まった気はするけど、それでも黒が強い。…自己開示で眞白の内情を引き出すか?今日眞白が罪を犯してしまったら…。嫌だ。そうなったら、きっと僕は苦しむ————
「さっきさ。『私のことなんて興味ない』っていったよね。ほかの人は知らないけど、僕は興味あるよ。だって君が話しかけてくれたから。僕は訳あって学校でサングラスを掛けなくちゃいけなくてさ。異質なものとして、周りから敬遠されてるんだよね。ここに来たのは居心地がすごくいいから。ここは僕のとっておきの場所なんだ」
「奇遇だね。私もだよ」
———なかなか眞白は自分のことを話してくれなかった。
踏み込むか……?
「眞白、答えたくなかったら、答えなくていいんだけどさ、なんで眞白は学校行ってないの?」
「うわ、ストレートだねぇ…余計なことは…って言ったのに…」
「あぁ、ごめん!言いたくなかったらいいんだ。自分でも完全に余計なお世話だと思うし」
「まぁいいか…玄弥君になら………」
「…?」
「…わたしね。いじめられてたんだ。けっこうひどいいじめでね…そっから壊れちゃってね。それで今、家を出て、一人暮らししてるんだ」
「お金とかは?どうしてるの?」
「えっと、お母さんがね。結構優しくて仕送りちゃんとしてくれてるんだ…」
————劣悪ないじめか…
「あ、ごめん。そろそろ行かなきゃ。ちょっと今日は用事があるんだ」
「そっか。話してくれてありがとう」
「じゃあね」
 眞白が歩いて去っていく。でもまだ黒は消えてない—————
「眞白!
——明日も、明日もここに来てくれないかな?同じ時間に。待ってるから。僕は待ってるから!」
 眞白はすこし驚いたような顔つきをした。数秒後、眞白は微笑んだ。———すこし黒色が薄くなった気がした。
 
続く


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