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回想録 #1

窓に一人の子供と一人の大人佇んでいる。二人は窓から外を見ている。窓の外には庭があって2メートルくらいの木が生えているから、視界はそれほどよくはない。子供の名前はタックといってその隣にいる大人はタックの母だった。タックはお母さんと手をつないで窓から外を見ていた。お母さんがそうしているからだ。窓の外にはバスが止まっていた。タックの兄を迎えに来た幼稚園のバスだ。タックの兄がバスに乗り込んでしばらくすると、バスは走り去っていった。走り去った後、数分間タックとお母さんはずっと窓のそばにいた。天気は曇り、雨は降っていなかった。タックは後になってもこの日のことを忘れることはなかった。すべては鮮明に憶えていない。が、バスが走り去ったのを見送る数秒だけはいつまでもタックの頭の中に残っている。あの日の事を思うと、タックはなぜだかいたたまれない気持ちになる。頭に浮かぶのは「もうあの日には戻れない」という至極当然の文言。閉じた目に浮かぶのは、どんよりとした雲のいろと、木の緑色。
一番たっくの頭に残っているのは、あの時窓の側に置いてあった、木でつくられたパーテーション。日の光が入り込まないように置いてあったのだろうか。あのパーテーションを折りたたむときに鳴るキシキシという音。
パーテーションは今でもタックの家にある。現在はもう窓ではなく物置に置かれている。
そのパーテーションを見かける度に、タックはあの日の数秒を想い出す。そしてパーテーションのキシキシという音をわざと鳴らすのであった。


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