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エリヴェットと白鳥のドレス

第六章 光と影
 月が完全に欠け、運命の新月がやってきました。空はいつにもまして暗く、影の国と三つの国では、不気味な黒い影が飛び交っています。シュヴァン王子は昨晩、鏡の花の冠を完成させ、仕上げにそれを煤で真っ黒にしておきました。彼はぼろぼろの衣の下に、あの美しい短剣を忍ばせ、冠を握りしめて眠りにつきました。すぐに黒い翼が生え、それは影の女王の城へと王子を連れて行きました。影の女王はあの冷酷な、嘲笑うような目で
「お前は明日処刑されるそうね。無実の罪で殺されるとは、なんてかわいそうな王子様。お前がいなくなったら寂しくなるわね」
 と言いました。そして最後に、
「私のゲームも終わってしまうんだもの」
 と言うと、彼女の高笑いは城じゅうに轟きました。王子が湖で亡くなったという知らせが、女王のもとにまだ届いていなかったのは、王子にとってありがたいことでした。新月のたびに魔力に操られていたために今では少しだけ、自分の思うように体を動かすことができるようになっていた王子は、女王に忠義を尽くしているようなふりをして、こんな台詞を並べたてることができたからです。
「私の偉大な女王陛下、おっしゃる通り、私は明日には処刑されなければなりません。お別れの前に、最後の新月の記念として、そしてあなたへの忠義の証として、私からの贈り物をお受け取り下さい。あなたのお力が、光に打ち勝つものとなりますよう」
 そして真っ黒の冠を差し出しました。女王は完全に王子を見くびっていました。魔力のままに操られていた王子が、まさか自分を殺そうなどとは夢にも思わなかったのです。女王は差し出された冠を受け取り、静かに頭に載せました。するとどこからともなくあの子守唄が聞こえてきたのです。その歌声はどんどんと大きくなり、城中に響き渡りました。女王はまもなく、深い眠りに落ちました。シュヴァン王子はすぐさま短剣を取り出すと、女王の頭に乗せた冠を叩き割りました。冠は粉々に砕けて飛び散り、強い光が溢れ出しました。眩しさに少し慣れた目は、凄まじい叫びをあげながら粉々に砕け散り、煙となって消えゆく影の女王の最期を見届けたのです。
 その時、三つの国にかけられた黒い花の呪いも、王子にかけられた呪いも、全て解かれました。三つの国は以前の輝きを取り戻し、壊れた街はきれいに元通りになりました。
 エリヴェットはシュヴァン王子が呪いに打ち勝ったことを悟り、あの修道院へと急ぎました。シュヴァン王子もまた、まずビジタシオン修道士にお礼を言いに、修道院へと走りました。そこで二人は、初めて素顔のまま、出会ったのでした。エリヴェットは王子に、ことの顛末を全て話して聞かせ、王子を騙して白鳥の女王に化けたことを詫びました。けれどもシュヴァン王子にとってエリヴェットは命の恩人です。二人はお互いに惹かれあい、ずっと前から相手を知っていたように愛し合いました。シュヴァン王子はお城にエリヴェットを連れ帰り、全ての話をみんなに聞かせました。王様とお妃様はこの上なく喜び、二人のための盛大な結婚式を開くことにしました。

 その頃、影の国でも呪いが解かれて、国は美しさを取り戻していました。実は影の女王は、焦りや不安、妬みや憎しみから、気付かず自分の国にまで呪いをかけてしまっていたのでした。彼女の娘、王女リエンヴェルネはとても賢かったので、そのことをよく分かっていました。今や国を治める者となったリエンヴェルネは、昔のように光の国と友好的な関係を築こうとしていたのです。

 エリヴェットとシュヴァン王子の愛の誓いを見守ったのは、神父となったビジタシオンでした。そして結婚式には、影の国の新しい女王、リエンヴェルネも招かれました。彼女は、
「私たちの影の国が弱まったのは、陶器・ガラス・鏡の国が作られてから、光の力が強くなりすぎていたからです。しかし母は物事のやり方を誤っていました。私は他国を征服するのではなく、私たち自身の国を豊かにしていきます。今までのことをどうかお許しください。あなた方の助けが必要なのです」
 と話しました。もちろん王子たちは受け入れました。王子は、
「光と影はどちらもなくてはならないもの。影があるから光があり、光があるから影があるのです」
 と言いました。こうして二つの国は友好を取り戻し、平和が戻ったのです。結婚式の宴には、三つの国からも大勢の人が、二人を祝福しに集まりました。二人は今までで一番美しいドレスとジャケットを身につけて、ダイヤモンドを無数に埋め込んだ白鳥の形の馬車から、みんなに手を振りました。それから何日も美しい舞踏会は続き、それが終わった後も、みんなは幸せに暮らしました。

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