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パラレルタイムパラドックス:脚本

演劇の記事は久しぶりですね。東風東です。

本職はこっちなのに趣味のゲーム記事のが多く挙げている始末。
まあでもこういうのはそんなもんだ。

今回は前回公演予定でございました「パラレルタイムパラドックス」の脚本になります。
稽古当時のものから多少の加筆修正が加えられておりますが大枠は全く変わっておりませんのでご安心ください。

加えて、大変に悩んだんですがこちら、有料記事とさせていただきます。
が、本編は全編無料公開とさせていただきます。
有償部分はこの脚本についてのあとがき的なものと、前説の脚本を入れておきます。
ただ、前説もそこまで味付けのあるものではないので本当にオマケレベルです。どちらかといえば購読いただく場合はあとがきが読みてぇとか解釈が知りてぇとかの場合がおすすめです。

この脚本に対して、お気持ち程度100円の寄付だと思っていただければその特典としてあとがきを読めるくらいに思っておいていただければと思います。
なお、前説のみ、冒頭一部分のみ公開しております。
よろしければぜひ購読の程お願いいたします。

もし、本脚本を用いた上演・配信・動画、音声による投稿をご希望の方がいらっしゃいましたら、本記事に記載してあります利用規約をお読みいただいたうえで記載してある連絡先までご一報お願いします。

2021.03.04追記
ご購入いただいた方へ
本投稿においては脚本内の内容の修正等で適宜脚本部分での内容変更があり得ます。原則有料部分では変更は行わないという点、内容変更のお知らせ通知をお送りさせていただきます点を守って修正等致しますので、あらかじめご了承ください。

以下、本編です。


パラレルタイムパラドックス

脚本・東風東

登場人物
俺1
俺2


暗闇の中から、どこか不思議な音が聞こえてくる。うすぼんやりと一人分の照明が点くと、そこには目をつぶった男が立っている。

俺1 夢を見た。なんでそんな夢を見たかなんて全くわからない。見た目も声も、すべてが違う。でも、確かにそこに立っていたのは俺で、俺と話をしたのも俺だった。

音が次第にはっきりとしていく。それに同期するように、また一人分の照明が点くとそこにも男が立っている。
男は今まさに飛び降りんとする直前のようだが、切迫したような表情ではない。男の手には一冊の本がある。

俺2 夢を見ていた。どうしようもないと、どこかでわかっていたのに。
   それに縋り付くのに必死だった。

二人の目が合う。


俺1 …… 何、やってんだよ。
俺2 何、って。見てわからない?飛び降りるんだよ。
俺1 なんで?
俺2 じき、わかるよ。わからないでいて欲しいけど。
俺1 ちゃんと説明しろよ!
俺2 でも、お前が死ぬわけじゃない。
俺1 でも、お前は俺だろ?
俺2 まぁ、そうだけど。
俺1 自分が死ぬところなんて見たくないだろ?
俺2 それも、そうだけど。
俺1 じゃあ、

俺1、俺2に向かって歩いていく。それを制するようにして、俺2は俺1の前に本を出す。

俺2 日記。
俺1 は?
俺2 つけたことないだろ。俺なんだから。
俺1 何だよ急に。
俺2 忘れずに、つけろよ。後で後悔しないように。
俺1 は?何言って。

俺2、俺1の胸に本を当て突き飛ばす。

俺2 お前が俺なら。どうか、うまくやってくれよ。

俺2飛び降りる。それを止めるように手を伸ばすが、届かず、目が覚める。

俺1 …… 夢?

俺1、抱えている本に気が付く。

俺1 日記。

日記の一ページ目を開く。

俺1 「今日からは必ず、日記をつけるように。毎日じゃなくていい。いつか後悔しないように。」見覚えのない日記の一ページ目には、どこか見慣れた文字でそう書かれていた。なんでそんな夢を見たかなんて全くわからない。見た目も声も、すべてが違う。でも、確かにそこに立っていたのは俺で、俺と話をしたのも俺だった。

俺1、日記をパラパラとめくっていく。

俺1 …… 真っ白。

俺1、思い立ったように日記を書き始める。

俺1 8月20日。変な夢を見た。俺じゃない俺が自殺する夢。日記なんて書いたこともなかった。書き方もわからない。ただ、あいつに言われた通り「後悔しないように」書いてみることにする。後悔するようなことがあるか、わからないけど。

俺2登場。

二人 8月21日。
俺1 と、昨日は息巻いて書き始めたが、日記なんてテンで書き方がわからない。
俺2 日記なんて書くの小学生の夏休み以来だろ?
俺1 あん時だって日記なんて呼べるような内容じゃなかっただろ。

ため息

俺1 とりあえず、今日あったことを書いたらいいんだろ?
俺2 そうだ。それだよ。どうせ世間の日記なんて大したこと書いてないんだ。
俺1 よし、それじゃ今日あったことを挙げていこう。
俺2 起床
俺1 洗顔
俺2 歯磨き
俺1 食事
俺2 昼寝
俺1 スマホ
俺2 晩飯
俺1 今
俺2 駄目じゃねえか。
俺1 世の人々は、こういう日はどうやって書いてんだ…… ?
俺2 …… 書かないんじゃないか?
俺1 え?
俺2 さすがに書かないだろ、それか「今日は何もなかったって」
俺1 …… そう、だよな!
俺2 あぁ。生きてりゃ絶対何もしない日はあるんだ。
俺1 そうだそうだ。何もしてないんだから、日記なんて書きようがないんだよ!

二人、会話をやめる

俺1 と、いうことで。日記の書き方は明日にでも調べるとして。とりあえず、今日は何も書かなかった。
二人 8月29日。

一瞬の沈黙

俺2 …… 一週間空いたな。
俺1 ん、まぁ。
俺2 三日坊主?
俺1 いや、一日坊主。
俺2 …… そんな何もなかったっけか?
俺1 なら、思い出してみるか?起床!
俺2 あーもういい。いい。わかった。何もなかった。
俺1 そうだよ。でもいいだろ、こうして今日書くんだから。

突然電話の着信音が鳴る。
俺2、電話をとる。ここからは俺1が友人の山内としてしゃべる。

俺2 もしもし?
山内 あ、もしもし?今いい?
俺2 んだよ山内かよ。何?
山内 いや、急で悪いんだけど、今晩空いてる?
俺2 なんで。
山内 いや、大したことじゃないんだけど、どう?
俺2 まぁ、空いてるけど。
山内 おっ、マジ!?(携帯を離して)一人確保できた!
俺2 おい、確保できたってなんだよ。
山内 え?合コンだよ。
俺2 は?
山内 んだよ、そんな驚いて。
俺2 お前、俺に彼女いるの知ってるよな。
山内 おう。
俺2 誘うか?普通。
山内 いいじゃねえかよ、ヒナちゃん今帰省してんだろ?バレねえよ。
俺2 そういう問題じゃないだろうが。
山内 かわいい子そろってるぞ。
俺2 そういう問題じゃ…… ない、こともないけど。行かないからな。
山内 えー、じゃあダメだっていうのかよ。
俺2 当たり前だ。ほかのヤツさそっとけ。
山内 もう確保できたって言っちゃったんだよ。
俺2 自業自得だろ。
山内 えー。ケチ。
俺2 なんとでも言え。
山内 まぁいいや。適当にほかのヤツ見繕うわ。
俺2 最初からそうしてくれ。
山内 じゃ、お幸せに。
俺2 そっちこそ。せいぜいがんばれよ。

電話切れる。

俺1 今日は山内から合コンの人数合わせの誘いが来た。ヒナがいるので断った。山内に彼女はできたんだろうか。
俺2 あいつのことだしできねえだろ。
俺1 人の日記にケチつけんな。
俺2 人のじゃねえだろ。
俺1 あ、そうか。
二人 8月30日。

電話の着信音が鳴る。俺2が画面を見る。

俺2 …… 山内?
俺1 いや、違う。ヒナ。

電話に出る。

俺1 8月30日。夕方にヒナから突然電話がかかってくる。どうやら帰省から帰ってきたらしい。せっかくだから会おうかという話になり、ヒナが家に来る。

ここから俺2はヒナ役。

ヒナ それで?合コンは行ったの?
俺1 行ったわけないだろ。昨今は浮気とかいろいろ問題になるんだぞ。
ヒナ それは芸能人の話でしょ?結婚してるわけでもないし。
俺1 え、じゃあ行って良かったのかよ。
ヒナ え、何?行きたかったの?
俺1 いや、そういうわけじゃないけど。
ヒナ どうせ、かわいい子がいるとか言われてたんでしょ。顔に出てるよ。
俺1 いや、そういうわけじゃ
ヒナ はい、図星。ほんと隠すの下手だよね。
俺1 でも行ってないんだからいいだろ?
ヒナ まあね。ま、もし行ってても?女の子のお眼鏡にかなうとは思えませんけど。
俺1 間違っても自分の彼氏だろ…… それでいいのか。
ヒナ いいの。それに、お持ち帰りできるほどかっこよくないの、自分でわかってるでしょ?
俺1 そりゃそうだけど…… 自信なくすわ。
ヒナ なになに?急に自信とか言っちゃって~。私みたいなかわいい彼女がいるんだから自信持てよ~。
俺1 あーもう、からかうなら帰れよ、帰ってすぐこっち来てるんだし。
ヒナ ん?ほんとだ。荷物の整理もしないとだし、そうする。
俺1 ん。送ってくか?
ヒナ いや、いいよまだ明るいし。
俺1 そうか。じゃ、ゆっくり休んで。
ヒナ はいはーい。じゃ、またね。

俺2去る。

俺1 何時間かではあったが、久しぶりにヒナと顔を合わせて話せた。大学の夏休みはやたら長い。ここ一か月は暑すぎて何もやる気が起きなかったけどヒナも帰ってきたし、来月は涼しくなるだろうし、日記も真面目に書き始めることにする。

俺1、自分の日記(都合上、ここからは日記①と表記)を書きながらウトウトし始める。一瞬完全に寝てしまったことに気づきはっと目を覚ます。と、どこか違和感を感じる。
確かに自分の部屋だが、どこか違う雰囲気がある。周囲を見渡すと舞台には俺2がいる。

俺2 …… あぁ。そうか、この日だったんだな。
俺1 お前、死んだんじゃ。
俺2 …… そうか、やっぱり俺も死ぬんだな。この後。
俺1 は?何言って
俺2 なぁ、俺。ちゃんと日記書いてるか?
俺1 …… 書いてる、けど。
俺2 そうか。じゃあいいんだ。
俺1 なあ、質問に答えろよ。お前死んだんじゃなかったのか?
俺2 …… 多分。そう。というか、今そう決めた。
俺1 どういうことだよ。
俺2 多分。お前が先に会ったのは明日か明後日かの俺だ。
俺1 は?
俺2 ごめん、わかんないよな。俺も多分そうってしか言いようがない。俺も、おまえと同じでわかんないんだ。

俺2、困惑している俺1にもわかるように二つ目の日記(以下日記②)を置く。

俺2 悪いけど、これしか渡せないんだ。

俺2、ハケようとする。

俺1 おい、待てよ。どこ行くんだ。
俺2 …… 準備だよ。準備しに行くんだ。
俺1 準備って、まさか、
俺2 準備は準備だ。
俺1 …… そうか。

俺2、行こうとして少し進むがためらう。

俺2 一つだけ。聞かせてくれ。
俺1 なんだよ。
俺2 お前が前に会った俺は。最後、どんな顔してた?
俺1 …… ずっと顔は見えなかった。
俺2 …… そうか。ならいいや。

間。

俺2 お前は、あきらめんなよ。

俺2、闇に消えていく。俺1、日記①を手に取ってページを開く。

俺1 8月31日。また変な夢を見た。目が覚めると、もう一人の俺が置いていった日記がそのままになっていた。『準備』をするって言葉で考えてしまって、今日はどうしてもあの日記を開く勇気が出なかった。明日になったら読むことにする。

舞台照明スイッチ。俺2エリア明転とともに語りだす。

俺2 9月1日。夢の中の俺から渡された日記を読んだ。日記を読んでいてわかったけど、アイツと俺はまるで違う人らしい。ただ、友達の名前とか何から何まで違っても俺とやってることは大して変わらないようだった。なんとなく他人の日記を覗くのは気が引けたので、9月からの分は明日読むことにする。

俺2の言葉が俺1の信条と同期している。俺1はためらいつつも、日記②を開く。

俺1 9月2日。夢の中の俺が言っていたことがわかった。同じ日のあの「俺」もきっと同じようにしてこれを知って、同じように書いたんだろう。

一瞬の間。

二人 「9月20日、ヒナが死ぬ」。
俺2 「夢で見た俺の日記には、そう書かれていた。」
俺1 …… は?
俺2 「もちろん、これは予言書じゃない。今までの日記だって違うこともいろいろ書かれていた。」

俺2、自分の持っている日記をパラパラとめくる。

俺2 「でも、ヒナの名前と、彼女についての内容だけは、完全に同じだった。」

俺1、日記をめくり始める。

俺2 「ヒナのことについて書いた日も、彼女と話した内容も、一つもかけることなく同じだった。」
俺1「夢の中の俺も、」
俺2「その前の俺も、そうだったんだろう。」
俺1 …… 嘘だ。
俺2 …… 嘘だと思うんだったら、そう思っていればいい。

俺1、突然驚いたように俺2のほうに振り向く。

俺1 …… お前。
俺2 俺は書いたんだよ。後悔しないために。
俺1 でも、そんな急に飲みこめない
俺2 俺に後悔させてくれるなよ。
俺1 …… どうなったんだよ。
俺2 え?
俺1 結局。どうだったんだよ、お前は。
俺2 わかってるだろ。
俺1 …… 。
俺2 気になるんだったら。9月20日、読めばいい。
俺1 だから死んだのか。
俺2 …… 。
俺1 助けられなかったから。死んだのか。
俺2 どうだろうな。
俺1 …… 。
俺2 どうしたいかは勝手にすればいい。でも、後悔だけはするなよ。

俺2、去る。俺1、俺2のほうを見ると誰もいない。

俺1 9月20日。

俺1、日記②の9月20日のページを開く。

俺1 「9月20日。ヒナが死ぬ。手は尽くした。いや、できる限りのことはした。どうしたらいいのかわからなくなっていた。20日なんてすぐに経って、気が付いた時にはテレビからヒナが死んだという真実だけが流れてきて、どうしてか俺もそれを冷静に理解していた。もしも、この次の俺がいるんだったら、きっとこのページを読んでいることだろう。だから改めて書いておく。この本は予言書じゃない。俺が後悔しないために書いた、ただの日記だ。俺も、次の俺も、後悔しないように。きっと時間はない。でも、お前はまだ手遅れじゃないはずだ。願わくば、どうか、うまくやってくれ。」

俺1 …… 助けるったって、どうしたらいいんだよ。

俺1、ゆっくりと、本のページをめくり始める。俺2、ここから登場、あるいは声だけで登場。ここからの日記は日記の内容を9月15日まで二人で矢継ぎ早に読み上げていく。セリフの途中だろうがどんどんと読んでいく。

俺1 「9月19日。もうヒナとは一切の連絡がつかない。携帯も、家の電話もつながらない。もう家に行くこともできない。どうしたらいいのか見当もつかないのに、何かしなければヒナはきっと助からない、ヒナを助けたいのに、俺はどうすることもできない。もう、どうすることもできない。明日、ヒナはきっと発ってしまう。でも、もう近づくこともできない。」
俺2 「9月18日。今日も家に行った。こっちに来ていたらしいヒナの兄に取り押さえられた。警察を呼ぶ寸前まで話が進んだ。どうすることもできない。ヒナに事実はもう伝えた。信じてくれれば、彼女はきっと生きていられる。」
俺1 「9月17日。今日は居留守。電話もつながらなかった。家の前で騒ぎ立てるが反応はない。扉にもカギがかかっていた。おかしい。あれを燃やしたのに、いまだに何も変わっていないのはおかしい。絶対に変わるはず。…… ただ、もしものことを考えて、明日は20日に旅行へ行かないよう釘を刺しておこう。」
俺2 「9月16日。昨日から何も変わっていない。ここ数日、あの本をしばらく開いていなかったせいで記憶は曖昧だが、ヒナに対しての状況が変わる様子は一向にない。ヒナの家にも行ったが、ヒナからは帰るように言われ、ついにはいることはかなわなかった。まだ1日めだから焦ることはないのかもしれない。が、何かがおかしい。」

俺1、突然日記を閉じる。日記を読む声が途切れる。

俺1 …… こんなこと、するわけない。

俺1は日記①を開き、日記を書き始める。日付は9月2日。声がそろう。

二人 「9月2日。夢の中の俺が言っていたことがわかった。同じ日のあの「俺」もきっと同じようにしてこれを知って、同じように書いたんだろう。『9月20日、ヒナが死ぬ』。夢で見た俺の日記には、そう書かれていた。もちろん、これは予言書じゃない。今までの日記だって違うこともいろいろ書かれていた。でも、ヒナの名前と、彼女についての内容だけは、完全に同じだった。」
俺1 「だけど、どうにもまだこの日記のことを信じられない。ヒナが死ぬなんてことはどうしても信じられない。だから、」
二人 「明日は試しに、前の俺がやっていたことと同じことを試してみようと思う。」

俺1、携帯を取り出す。

二人 「9月3日。前の俺は今日ヒナに電話をかけ、20日に何かあるか聞いていたので、同じことをしてみる。」
俺1 「もし本当に同じなら、同じ質問に対して同じ答えが返ってくると思った。」

俺1、電話をかける。

俺1 …… もしもし?…… うん。いや、大した用事じゃないんだけどさ。10月に入る前に旅行でも行かないかなって。ほら、学校始まると何かと忙しいし。
俺2 「前の俺は9月の20日に何が起きるのかを知るために電話をかけていた。簡単な話、9月20日に何かしらの理由をつけて予定を聞き出せればいい。」
俺1 日程?そうだなぁ、20日とかどう?そう、今月の。…… うん。
二人 「別の旅行
俺2 の予定がかぶってる。ということだった。前の俺と同じ答え。」
俺1 そう、か。 いや、別にいいよそれはしょうがない。…… それってさ、
二人 「どこ」
俺1 行くの?
二人 「誰が」
俺1 一緒に行くの?
二人 「どうやって」
俺1 …… あぁ、ごめん。すごい、いろいろ聞いちゃって。うん。…… そうなんだ。
俺2 「そうして聞いた全部のことが前の俺と一致していた。」
俺1 え、妬いてるとかそういうのじゃないって。うん。…… え、別の日?あー…… うん、ちょっと調べてみる。ごめん、突然。…… うん、それじゃあ。

俺1、電話を切る。

二人「多分、この日記に書かれていることも、俺が見てきた夢も本当で、ここにはヒナと俺の未来が書いてある。嘘みたいな話だけど、そうとしか思えなかった。」

俺1、改めて日記に向かいなおり、書き始める。

二人 「9月4日」
俺1 「この2つ目の日記は、要するに『失敗した俺』の書いた日記。昨日はどうなるかわからなかったから、試しに同じことをしたけど、この日記に書かれていることをそのままやってしまえば同じ失敗を繰り返すだけになってしまう。」
俺2 「だから今日からは前の日記に書かれていないことを試してみることにする。」

俺1電話をかける。俺2、山内として電話に出る。

俺1 もしもし
山内 はいはい。どうしたん
俺1 いやぁ、この前合コン誘われてたじゃん?
山内 あぁ。うん。
俺1 あの後どうなったかなって。
山内 …… 彼女持ちの嫌味か?
俺1 成功したとか失敗したとかそういうんじゃねえよ。

山内ストップモーション。

俺1 「前の俺は9月4日、友人と遊ぶ約束をしていたらしい。なんでも彼の彼女探しを手伝うことになるとかでヒナに断ってバーに行ってみるとか。」

山内ストップモーション解除。

山内 冗談だよ冗談。人数の話だろ。
俺1 そうそう。大丈夫だったのかなって。
山内 実は大丈夫じゃなかったんだよ。
俺1 え、マジ?
山内 マジマジ。なんか知らねえけど、みんな予定入れてやがんの。
俺1 それでどうしたんだよ。
山内 いや、それ言ったら相手陣に見放されてお流れよ。
俺1 マジか…… なんかごめん。
山内 …… もし、罪滅ぼしをしたいってんだったらいい話があるんだけど。
俺1 え?
山内 今日。代わりの合コンがあるんだけど。
俺1 …… それで?
山内 言わなくてもわかるだろ?
俺1 人数か。
山内 そーいうこと。理解が早くて助かるよ。
俺1 …… わかった。行くわ。
山内 え、マジ?
俺1 ……おう。
山内 さーっすがー!持つべきものは友だな。

山内ストップモーション

俺1 「前の俺とは少し違うが、差が現れそうな話が出てきた。ヒナとは喧嘩になってしまうかもしれないが、ヒナに言わずに合コンに行ってみようと思う。」
二人 「9月5日」

電話の音が鳴る。俺2、ヒナとして電話をする。

俺1 もしもし?
ヒナ もしもし。
俺1 どうしたの
ヒナ どうしたのじゃなくて。山内に誘われていったの?
俺1 あー。
ヒナ …… まさか身に覚えのないお詫びの連絡が来るとは思わなかった。
俺1 ごめん、話してなくて。急だったから。
ヒナ この前は行けばよかったのにって言ったけどさ。ほんとにいくとは思わなかったよ。
俺1 どうしても人が
ヒナ 人が足りなかったんでしょ。相手にも悪いだろうし、この前も「行くな」とは言わなかったし。私はいいんだけどさ。相手にも失礼じゃない?
俺1 返す言葉もございません…… 。
ヒナ で、私よりいい人はいたの?
俺1 え?
ヒナ 冗談。反省してね。

電話が切れる。

俺1 …… 。
俺2 「9月5日。ヒナから電話がかかってきた。昨日の様子はどうだったの?といつも通りのトーンで電話がかかってきた。」

俺1、俺2を認識する。

俺2 結果はどうあれ、今日のヒナからの接し方は俺とは違うものになったわけだ。
俺1 …… まぁ。
俺2 気になることでも?
俺1 いや、流石に罪悪感が。
俺2 でも、助けたいんだったら、変えるしかないんだろ。
俺1 …… 。
俺2 今日の日記。書かないのか。
俺1 …… 書くよ。

俺1、日記に向かう。

俺1 「9月5日。ヒナから電話がかかってきた。喧嘩にこそならなかったものの、飽きれというか、悲しさというか。そういう感じの電話だった。前の俺とは違うことが起きた。ヒナとの間に変化があれば、ヒナはきっと死なずに済むんだろう。」

書き終えたのち、しばらく日記を書き続ける。少しづつ様子が変化。あわせて俺2も頁をめくっていく。

二人 「9月9日。」
俺1 変わらない。
俺2 …… 。
俺1 何も変わらない。
俺2 まだあれから3日しか経ってない。
俺1 もう3日も経ったんだ。
俺2 それでも、まだ10日以上残ってるだろ。
俺1 でも何も変わってない。
俺2 変わってはいるだろ。
俺1 大事なところが変わってないだろ。
俺2 大事なところって?
俺1 ヒナが死ぬってことだよ!
俺2 20日になってないからわからないだろ。
俺1 わかるだろ!お前の日記にも書いてある。お前だって少しづつ変わってるって書いてた。でも20日になったらどうなった!?
俺2 …… 。
俺1 20日に起きることについては何も変わってないんだよ。

突如、電話が鳴る。俺2山内として演じる。

俺1 …… 山内?もしもし。
山内 あ…… もしもし?
俺1 どうしたんだよ。
山内 あー…… もしかして、怒ってる?
俺1 は?何の話
山内 あ、いや、違うか。そうだよな。先、謝んないとな。
俺1 だから、何の話だって
山内 ごめん!いや、流石にヒナちゃんには伝えてあるかと思って…… 。急な話で割と無理やり連れてったもんな…… 。
俺1 …… もしかしてヒナに電話したって話?
山内 …… うん。
俺1 別に怒ってないよ。
山内 …… え?
俺1 何なら大した喧嘩もしてない。
山内 マジで?
俺1 マジで。
山内 よぉかったぁ…… 。
俺1 そんなに安心することか?
山内 そりゃそうだよ。友達カップルが俺のせいで別れたなんてなったら、おまえとこれからどう付き合えばいいのかわかんねえだろ!
俺1 そんな気にしなくてもいいんだけどさ。
山内 俺が気にするんだよ。
俺1 わかったわかった。
山内 …… どうした?
俺1 え?
山内 いや、なんか。今日変じゃね?
俺1 変?
山内 や、電話出た時も怒ってるっていうか、なんか冷たいっていうか。
俺1 そうか?
山内 …… や、何でもないんだったらいいんだけどさ。ちょっとおかしいなとは思ったんだよ。お前がヒナちゃんに何にも言わないってのも。
俺1 …… 。
山内 喧嘩してないとか言ってたけどさ。なんか、あったんだったら相談しろよ。
俺1 …… まぁ。うん。
山内 …… なんか、二人の間の話じゃなくても、お前になんかあったとか、ヒナちゃんになんかあったとか。
俺1 大丈夫だって。
山内 この前の合コンでいい人見つけて迷ってるとか。
俺1 ないって。
山内 なんか変なセールスに引っかかったとか。
俺1 大丈夫だって!
山内 冗談だって。
俺1 …… なんかあったら言うよ。
山内 まぁ、流石に心配してないわけじゃないけど。多分、なんか言われてへこんだとかだろ。
俺1 …… 。
山内 あんま気にしすぎないほうがいいと思うぞ。
俺1 え?
山内 お前が疲れるほど気にするようなことって、よっぽどのことだろうけど。なんつーか身が持たねぇぞ。
俺1 …… そうだよな。
山内 おっ、まさかいいアドバイスだった?
俺1 うるせぇ。
山内 感謝の一つくらいくれてもいいだろうがよ。
俺1 はいはい。ありがとう。
山内 どういたしまして。
俺1 もういいか?
山内 あ、ごめん。まさか忙しかった?
俺1 いや、そういうわけじゃないけど。
山内 あ、まぁそうだよな。一人になりたいときだってある。
俺1 まあそんな感じ。
山内 ま、別に会ってるわけじゃないけど。
俺1 じゃ、切るぞ。
山内 おう。それじゃ。
俺1 おう。

俺1、電話を切る。

俺1 「9月9日。友人から電話が来た。あんまり気にしすぎないほうがいいらしい。だから、」
俺2 だから?
俺1 …… 。「だから、明日からは前の日記のことをあまり気にせずやってみようと思う。」
俺2 気にしないんだったら、8月と同じだろ。同じことが起こって終わるだけだぞ。
俺1 でも、今はヒナが死んでしまうことを知ってる。
俺2 だとしても、
俺1 俺はお前とは違う。
俺2 でも俺もお前も同じ俺だ。
俺1 違う人間だ。
俺2 …… ヒナを殺すことになるぞ。
俺1 …… でも、まだ時間はあるんだろ。
俺2 …… 。
俺1 もしだめなら、多分、まだ別の方法を試す時間はある。
二人 「9月10日。」
俺1 「残るところ10日になった。昨日のこともあり、少しは落ち着いていられるがやはり焦ってしまう。」
俺2 …… なにをするつもりなんだよ。
俺1 うるさい。
俺2 俺の日記は読まないのか。
俺1 昨日の日記読まなかったのか。
俺2 あまり気にしすぎないほうがいい。
俺1 わかってんだったら話しかけないでくれ。
俺2 「あまり」だろ。全くじゃない。
俺1 「いよいよ本質的な部分にかかわらないといけなくなってきた気がする。」
俺2 おい。お前、それ。
俺1 「なので、もうなりふり構っている余裕はない。」
二人 「これから、ヒナが一緒に旅行する相手に直接会いに行く。」
俺1 …… 。
俺2 なんで同じことしようとしてんだ。お前。
俺1 …… 。
俺2 読んだはずだろ、そこも。知ってるはずだろ。
俺1 俺は、お前とは違う。
俺2 でも、お前は
俺1 昨日も聞いた。それで昨日も言った。俺とお前は違う人間だ。
俺2 違う
俺1 お前は失敗した。でも、お前やっぱおかしくなってたんだよ。今の俺だったら。お前みたいな失敗はしない。
俺2 …… 。
俺1 だから、しばらく黙っててくれよ。

俺1、はけていく。
しばしの静寂が流れる。俺2、の日記①のもとへ行き、ページをめくり、読み上げる。

俺2 「9月14日。」

袖から大きな物音、俺1登場。

俺2 あと一週間切ったな。
俺1 知ってる。
俺2 日記を見ないで何か変わったか。
俺1 うるさい。
俺2 俺と同じだっただろ。
俺1 黙れ。
俺2 まだ1週間あるんだ。やり直せる。
俺1 …… まだ試してないことはある。
俺2 お前が真っ先に思いついて、俺が試してないことが?
俺1 黙れって言ってるだろ!

俺1、日記②を投げ捨てる。俺2、しゃべろうとするが声は出ない。

俺1 …… もう、ヒナをどこにも行かせないようにするしかない。

俺1、ふらふらとはけていく。俺2、声が出ず止められない。
俺2、何もできずはける。
俺1、ふらふらと登場。ヒナの家の前。インターホンを鳴らす。

俺1 …… あ、ヒナ。おはよう。いや、突然ごめん。ちょっと、話したいことがあって。……は?…… あ。いや、できるなら…… ていうか普通に中入れて欲しいんだけど。…… はは。それならいいや。どっか別のとこで…… え?…… 変?何が?……俺?どこが?普通だろ?…… いや。そういうのいいからさ。…… ねぇ。…… あのさ。なんで開けてくれねぇんだよ…… 。頼むって。なぁ、時間ないんだって。これじゃ前と同じまんまなんだよ。なぁ。頼むよ。開けてくれって。なぁ開けろよ!おい!なんでいうこと聞いてくれねぇんだよ!なぁ!おかしくないって言ってんだろ!しかたねぇんだよ!もうこうするしかないんだよ!何したって駄目だったんだ!結局同じような結果にしかならなくて、アイツはずっと俺のことを責め続けて、それでも何にもうまくいかなくて頭おかしくなりそうになって、それでもどうにか助けないといけないからってこっちは必死になってんのに結局何にもなんなくて、もうだめなんだよ!わかってくれよ!時間がないだよ!なぁ!このままじゃお前死ぬんだって!

俺1、ハッとしたように一瞬止まる。

俺1 え…… 。あ、いや。なんでもない。いや、気のせい、だよ。いや、気のせいじゃないっていうか。嘘じゃない、というか。そうじゃなくて。あの、ちがくて。いや、違わないんだけど…… 。

扉が開く。ヒナが出てくる。

ヒナ …… どういうこと。
俺1 …… 。
ヒナ 死ぬって何。
俺1 …… 。
ヒナ なんか、あるんでしょ。それだけおかしくなってるんだから。
俺1 …… ない。
ヒナ なんで隠してるの?
俺1 …… お前も、わけわかんなくなると思って。
ヒナ それならもう十分わけわかんないよ。なんか、最近おかしいなと思ってたけど。この前も、お兄ちゃんとこ突然行ってたでしょ。それだけじゃないし。やっぱ、なんかあるんでしょ。言ってよ。
俺1 …… 旅行の日。
ヒナ 旅行の日?
俺1 旅行の日。ヒナは死ぬ。9月20日。死因は書いてなかったけど、ニュースでやってたって。多分事故。そうじゃなかったらもしかしたら、殺されてるのかもしれないし。
ヒナ …… どういうこと?
俺1 わかんないんだけど、でも、日記に書いてあることは全部ほんとに起きてて、全部前のことと一緒のことが起きてて、だから、絶対じゃないけど、多分。ほんとに20日にヒナは死ぬから…… 。
ヒナ …… 。
俺1 だから、俺、どうにかそれを変えようと思って、でも、どうしようもなくて。でも絶対20日に旅行行ったら死ぬことになるからそれだけは止めないといけなくて…… 。
ヒナ ごめん…… ちょっと。急すぎて飲み込めてない。…… ごめん。また、明日話そ。
俺1 …… は?

唖然とする俺1、扉が閉まり鍵がかかる。

俺1 …… おい、開けてくれよ。なぁ。ヒナ!おい!

俺1、茫然とし、一人取り残される。俺2、現れる。

俺1 …… 。
俺2 …… 。
俺1 また同じだって言いに来たのか。
俺2 …… 。
俺1 また失敗したって言いに来たのか。
俺2 …… 。
俺1 なんか言えよ!なぁ!
俺2 …… 。
俺1 お前はいいよな!そうやって、黙って突っ立ってるだけでも、好き放題文句言っても、俺とは違うんだから何の関係もないんだからよぉ!
俺2 …… 。
俺1 全部わかってるみたいな顔して付きまとって、答えは何一つ言わないで、お前の日記に書いてあることはきっちり全部起きて、なんなんだよ!
俺2 …… 。
俺1 …… もう、やめてくれよ…… 。俺が何したってんだ…… 。お前のせいで全部メチャクチャになってんだよ…… 。俺も、ヒナも、全部!
俺2 …… 。
俺1 お前がいなきゃ、全部普通だったんだよ!あの日から全部おかしくなった!あの日お前に会わなければ、普通に起きて、普通の日常を送って、全部普通のままでいられたんだよ!お前が渡した日記に俺もヒナも囚われたんだ、呪われたんだ、全部壊されんだよ!

俺1、俺2につかみかかろうとする。その直前、目の前に落ちている日記②に気づく。

俺1 …… そうだよ。全部おかしくなったんだ。
俺2 …… 。
俺1 簡単なことだったんだ…… 。

俺1、本を手に取り、燃やす。
俺2、抵抗もすることなく闇に消えていく。二人、日記も見ずに暗唱。
セリフ中、徐々に俺2の声は聞こえなくなっていき、最後には俺1だけが残る。

二人 「9月15日。残り5日。もう何も信じられるものはなくなった。俺もヒナも、多分あれに呪われてたんだ。あれはただの日記などではない。きっとあいつも俺のふりをした悪魔か何かだったに違いない。だからあれを燃やした。これで絶対にすべてがもとに戻る。絶対に。」

俺1、おもむろに動き出す。向かう先はヒナの家。インターホンを押す。
俺2の声が響く。

俺2 「9月16日。」
俺1 …… ヒナ?

俺1、もう一度インターホンを押す。

俺1 …… 。

俺1、再度インターホンを押す。

俺1 …… ヒナ?

俺1、何度もインターホンを押し続ける。しばしの後、鍵が開く音。
俺1、反射でドアを開こうとするが、ドアチェーンのせいで完全には開かない。

俺1 …… なんで?
   …… いや、普通だけど。
   …… なんで帰らなきゃいけないの?
   …… 旅行?いや、もう、大丈夫だよ。死ぬなんてことはないはずだから。
   だからさ、普通に戻ろう。いや。だから、俺は普通——

話を遮るようにドアが閉まる音。間髪入れずに鍵がかかる。

俺2 「9月16日。昨日から何も変わっていない。ここ数日、あの本をしばらく開いていなかったせいで記憶は曖昧だが、ヒナに対しての状況が変わる様子は一向にない。ヒナの家にも行ったが、ヒナからは帰るように言われ、ついにはいることはかなわなかった。まだ1日めだから焦ることはないのかもしれない。が、何かがおかしい。」

俺1、携帯軽く操作してをドアの近くに置き、一度退場。

俺2 「9月17日。」

俺1、登場し、まっすぐにヒナの家の前へ。
携帯を手に取り軽く確認したのち、インターホンを押す。

俺1 ヒナ?

俺1、何度もインターホンを押し続ける。

俺1 なぁ。いるんだろ?なぁ。

俺1、何度もインターホンを押し続ける。

俺1 わかってるんだよ。昨日心配で、監視カメラ代わりにここに携帯置いてったんだ。そしたら誰も映ってなかった。家から出てないんだろ?頼むよ。元に戻ろう。なぁ。居留守なんて今までしたことなかったろ?なぁ?

俺1、インターホンを押し続ける手をいったん止め、突然大声でしゃべりだす。

俺1 なぁ!頼むって!開けてくれって!もう心配することなんてなんもないんだよ!絶対にもう死ぬことはないんだよ!ずっと俺といれば20日だって何の心配もせず迎えられる!でも、まだヒナとちゃんと話せてないし顔も見てない。それがまだおかしいまんまなんだよ!なぁ!開けてくれよ!おい!

扉の向こうからは反応がない。

俺1 …… ここ、今日は携帯持って帰るから。帰ったら電話するから。絶対出て。

俺1、携帯の代わりに袖から持ってきたカメラを設置し、はける。

俺2 「9月17日。今日は居留守。電話もつながらなかった。家の前で騒ぎ立てるが反応はない。扉にもカギがかかっていた。おかしい。あれを燃やしたのに、いまだに何も変わっていないのはおかしい。絶対に変わるはず。…… ただ、もしものことを考えて、明日は20日に旅行へ行かないよう釘を刺しておこう。」
俺2 「9月18日。」

俺1、登場し、まっすぐにヒナの家の前へ。
カメラを手に取ったところでドアの開く音。振り返った瞬間、殴られる。

俺1 …… はは。ヒナのお兄さんじゃないですか。こんなとこで何してんですか。俺ですか?…… ちょうどいいんで、お兄さんにも伝えておきます。20日、もしかしてなんですけど、まだヒナと旅行行く予定、変えてないんですよね。…… ですよね。それだったらなおさら、今すぐやめてください。この前お伝え出来なかったんですけど。その日旅行行ったら、ヒナ死んじゃうんで。

俺1、再度殴られる。

俺1 多分ですけど、お兄さんも死んじゃうことになると思うんでやめておいたほうがしゃべってる途中で再度殴られ、床に取り押さえられる状態になる。
俺1 …… すぐに飲み込めるような内容じゃないとは思うんですけど、万が一のこともあるんで。多分大丈夫だと思うんですけど、あれを燃やしてもまだおかしなことが起きてるんで。なんで、絶対やめてください。ほんとに。…… は?警察?何でですか?そんな、おかしいことなんて何にも――

ドアの開く音が聞こえる。

俺1 …… ヒナ?…… え。なんで。次来たらって…… 。それじゃ、まるで俺が犯罪者みたいに

再度押さえつけられる。ドアの閉まる音。解放されるが、まともに動くような気力はない。

俺1 お兄さん。伝えましたから。ほんとなんで。死にたくないんだったら。お願いしますね。
俺2 「9月18日。今日も家に行った。こっちに来ていたらしいヒナの兄に取り押さえられた。警察を呼ぶ寸前まで話が進んだ。どうすることもできない。ヒナに事実はもう伝えた。信じてくれれば、彼女はきっと生きていられる。」

俺1、体を引きずりながら自分の机の前まで行く。電話をかけるがつながらない。
俺1、日記①を開く。すると、何かに気づき硬直。ページをめくっていき、確信に変わる。

俺1 ぅぁあああああああああああああああああああああああああああっ。

絞りだしたような嗚咽。とともに、おかしくなり始める。

俺1 なんで…… 。

俺2、現れる。

俺1 お前…… 。
俺2 「こんなこと、するわけない。」
俺1 やめろ。
俺2 「俺は、お前とは違う。」
俺1 やめろ。
俺2 「今の俺だったら。お前みたいな失敗はしない。」
俺1 やめろっつってんだろ!
俺2 日記を燃やして。何か変わったか。
俺1 うるさい!
俺2 あれから、俺と違うことができたか?
俺1 黙れ!
俺2 俺が黙ってから、何が違った?
俺1 もう俺にかまうな!

間。

俺2 …… 「呪いの日記」はもう無くなったんだ。何か変わることを俺も祈ってるよ。
俺1 …… 。
二人 「9月19日。もうヒナとは一切の連絡がつかない。携帯も、家の電話もつながらない。もう家に行くこともできない。どうしたらいいのか見当もつかないのに、何かしなければヒナはきっと助からない、ヒナを助けたいのに、俺はどうすることもできない。もう、どうすることもできない。明日、ヒナはきっと発ってしまう。でも、もう近づくこともできない。」

暗転。暗闇の中から雑音の入り混じったニュースの音声が聞こえてくる。

音声『速報です。乗員乗客(ノイズ)人を乗せた、(ノイズ)行きの(ノイズ)が、本日(ノイズ)時ごろ消息を絶ちました。消息を絶った地点は(ノイズ)県南部の山岳地帯で、付近では炎上する物体の報告も相次いでおり—— 。』

明転。舞台には俺1がただ一人。

俺1「9月20日。ヒナが死ぬ。手は尽くした。いや、できる限りのことはした。どうしたらいいのかわからなくなっていた。20日なんてすぐに経って、気が付いた時にはテレビからヒナが死んだという真実だけが流れてきて、どうしてか俺もそれを冷静に理解していた。もしも、この次の俺がいるんだったら、きっとこのページを読んでいることだろう。だから改めて書いておく。この本は予言書じゃない。俺が後悔しないために書いた、ただの日記だ。俺も、次の俺も、後悔しないように。きっと時間はない。でも、お前はまだ手遅れじゃないはずだ。願わくば、どうか、うまくやってくれ。」

静寂。

俺1 …… 準備。だっけ。

俺1、何かにとりつかれたかのように動き始める。そこへ俺2(次の俺)現れる。
俺1、俺2が気付く前にそれに気づきすべてを察する。

俺1 …… あぁ。そうか、この日だったんだな。
俺2 お前、死んだんじゃ。
俺1 …… そうか、やっぱり俺も死ぬんだな。この後。
俺2 は?何言って
俺1 なぁ、俺。ちゃんと日記書いてるか?
俺2 …… 書いてる、けど。
俺1 そうか。じゃあいいんだ。
俺2 なあ、質問に答えろよ。お前死んだんじゃなかったのか?
俺1 …… 多分。そう。というか、今そう決めた。
俺2 どういうことだよ。
俺1 多分。お前が先に会ったのは明日か明後日かの俺だ。
俺2 は?
俺1 ごめん、わかんないよな。俺も多分そうってしか言いようがない。俺も、おまえと同じでわかんないんだ。

俺1、困惑している俺2にもわかるように日記①を置く。

俺1 悪いけど、これしか渡せないんだ。

俺1、ハケようとする。

俺2 おい、待てよ。どこ行くんだ。
俺1 …… 準備だよ。準備しに行くんだ。
俺2 準備って、まさか、
俺1 準備は準備だ。
俺2 …… そうか。

俺1、行こうとして少し進むがためらう。

俺1 一つだけ。聞かせてくれ。
俺2 なんだよ。
俺1 お前が前に会った俺は。最後、どんな顔してた?
俺2 …… ずっと顔は見えなかった。
俺1 …… そうか。ならいいや。

間。

俺1 お前は、あきらめんなよ。

俺1、はける。俺2、日記をとって俺1を追うようにはける。
俺1、崖際に現れる。手には一冊の日記、そしてペン。
日記の1ページ目を開くと、おもむろに文字を書き、本を閉じる。

俺1 「9月22日。」

俺1、何かに記すでもなく、ただ己の人生に書き記すようにゆっくりとしゃべり始める。

俺1「今朝になって乗客の一覧が発表された。昨日まで、どこか嘘だと信じたいままでいたヒナの死は、紛れもない事実に変わった。一緒にいたお兄さんは一命をとりとめたようで、重傷者として報道されていた。」

俺1、日記を改めて見る。と、俺2(次の俺)がやってくる。
俺1、それに気づくと安心したように顔を緩ませる。二人の目が合う。

俺2 …… 何、やってんだよ。
俺1 何、って。見てわからない?飛び降りるんだよ。
俺2 なんで?
俺1 じき、わかるよ。わからないでいて欲しいけど。
俺2 ちゃんと説明しろよ!
俺1 でも、お前が死ぬわけじゃない。
俺2 でも、お前は俺だろ?
俺1 まぁ、そうだけど。
俺2 自分が死ぬところなんて見たくないだろ?
俺1 それも、そうだけど。
俺2 じゃあ、

俺2、俺1に向かって歩いていく。それを制するようにして、俺1は俺2の前に本を出す。

俺1 日記。
俺2 は?
俺1 つけたことないだろ。俺なんだから。
俺2 何だよ急に。
俺1 忘れずに、つけろよ。後で後悔しないように。
俺2 は?何言って。

俺1、俺2の胸に本を当て突き飛ばす。
俺1、飛び降りる寸前のところまで歩く。

俺1 多分、俺は夢を見ていた。どうしようもないと、どこかでわかっていたのに。「俺はあいつとは違う」という、ありもしない希望に縋り付くのに必死だった。俺だけにできることなんてないとわかってたハズなのに。

俺1、俺2を突き飛ばしたほうを見る。

俺1お前が俺なら。どうか、うまくやってくれよ。

Fin.

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パラレルタイムパラドックス前説

舞台上暗転。暗闇の中から声が聞こえてくる。
暗闇から日記を持った男が現れる。以下、すべて俺2。

12月(該当日)。
本日は、『パラレルタイムパラドックス』にご来場いただきまして、誠にありがとうございます。
開演に先立ちまして、お客様に何点かご案内申し上げます。

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