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【映画感想】『あのこと』

【※ネタバレ注意※】
チラシに偽りなし、まさにこれは”鮮烈な映画体験”だった。

舞台は1960年代のフランス、なんと法律で中絶が禁止されており、中絶した女性も、施術した医師も、罰せられてしまうとのこと。劇中で繰り返し「刑務所に入れられる」という表現が使われていたことから、軽い処罰ではないのだろう。
本作では望まない妊娠をしてしまったアンヌの、まさに言葉通り”命がけ”の、中絶を巡る戦いが繰り広げられる。冒頭にも記したが、宣伝通り、本作は物語への没入感が凄まじい。正直、物語序盤では、アンヌに感情移入がしづらく、どこか冷めた目線で観てしまっていた(これはぼくが男性だから、ということもあるのかもしれない)。しかし、”妊娠”が徐々に日常に影響を及ぼし始め、アンヌの講じる様々な策が空回りし続けると、脂汗のような滲み出る焦燥感に、自身も包まれ始めていく。
胎児の成長(妊娠後の経過期間)が、数字という形で大々的に知らされるのも憎い演出だ。中絶には、それが可能である期間があることは、なんとなくは知っているので、適切な表現でないことを承知で書くが、この数字はまさに迫りくる時限爆弾のよう。いや、本来なら喜ぶべき命の誕生であるはずなのに、その人の境遇、タイミング、諸々が違えばそれは不幸になってしまうということを、改めて実感させられた。そして、中絶ができない、という事実は、その不幸を何十倍にも膨張させてしまう。

望まない妊娠は、紛れもない悲劇なのだろう。

映画の原作はアニー・エルノーが自身の実話を基に書いた「事件」という作品ということ。観客に対して、アニーの身に降りかかった事件を追体験させる作風に仕上げたのは、監督の原作への深い愛と理解があってなしえたことではないだろうか。

また昨今では、中絶という言葉をよく耳にする。
つい数日前に、日本国内で初めての飲む中絶薬が承認された。もっとも、海外では既に広く使われているものだという。国内の中絶手術は技術が高く、安全性も保障されているということで、飲み薬が不要だったのかもしれないが、日本は中絶について、世界に遅れを取っているのかもしれない。

また、アメリカの連邦最高裁判所が中絶を女性の権利として憲法で認めない判断を下し、すでに10以上の州では中絶が禁止されているという。即ち、この物語は、遠い歴史の産物などでは決してなく、現代に起こり得るリアルということだ。

軽々しく「歴史は繰り返す」などと言うが、当事者はたまったものではない。本作は当事者になり得る女性以上に、男性が観るべき映画なのではないだろうかと思わざるを得ない。


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