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【映画感想】CLOSE クロース

※ネタバレ注意※


 シンプルでありながら、いやそれ故に、揺るぎない気高さと強度を誇る作品だった。最近、『トリとロキタ』、『トゥ・レスリー』、『インスペクション』、そして『クロース』と、徹底的に無駄を削ぎ落し、限られた登場人物の心情に真摯に向き合う作品が多く、ぼくはそれらに魅了されているなあ、と。クロースはこれら作品群の中でも、特に観客の心に訴えかけるものが大きいのではないか。それは、レオとレミの幼い二人を巡る物語には、誰もが子供の頃、一度は抱いたことがある感情を呼び起こす魔力があると思うからだ。
 まずオープニングが印象的だ。使い捨てられた廃屋で、追い詰められた戦士の真似事をして戯れるレオとレミ。年齢から鑑みると、やや子供っぽいと言えなくもない。しかし、二人に口を挟み詰る者は誰もいない。無邪気に花畑を駆け回り、暖かな家族の待つ家に帰るだけ。二人の世界は一点の曇りもない程に無垢で美しく完璧なのである。しかし、二人だからこそ完結し得る閉じられた世界は、同時に砂上の楼閣のように脆かったのである。

 本作の特筆すべき点は、台詞を極限まで削り、キャストの表情や細かい仕草、目線の動きであらゆる感情を伝えることに成功していることだ。そして、それを可能にしているのが若き主演二人の演技力だろう。二人とも映画初出演ということだが、だからこそ等身大のレオとレミになれたのかもしれない。特に二人が涙を流すシーンでは何度も息を吞んだ。
 レミは、一緒に登校するはずのレオに置いていかれたことにショックを受け、涙を流し、激昂するまでの一連の演技が秀逸だ。まず、何故レオが自分を置いていったのか分からない、戸惑い、動揺から始まる。そして、徐々に現実を受け入れ、溢れる哀しみを堪えきれなくなり、やがて爆発する。やりどころのない感情は、目の前のレオにぶつけるしかない。誰でも幼い頃に、このような体験をしたことがあるのではないだろうか。大人であれば、感情の制御もできるし、自分を客観視することもできる。しかし、成熟していない子供(特にレミは心の弱さ、脆さが顕著だった気がする)にとっては、世界の終わりにも等しい日常の大事件。そんな瞬間が描かれている。
 レオはレミがいなくなったあとも、しばらく声をあげて泣くことはない。しかし、事件後初めてレミの家を訪れ、レミの母であるソフィと他愛ない会話を交わす内に、瞳に徐々に涙が溜まっていく。日本では『目は口ほどに物を言う』というが、まさにレオの瞳からは言葉に出来ない感情が滲み出ていた。またアイスホッケーの練習で転倒し、腕を骨折しまったはレオは、初めて声を上げて号泣する。もちろん、腕は千切れるほどに痛いだろうが、涙の理由はそれだけではないだろう。その痛みを以て、レミを本当に喪ってしま
ことを実感し、そして二度と戻ってこないことを識ったからではないだろうか。
 死は人と人を永遠に分かつ。それはレミを喪う前のレオも、知ってはいただろう。だが、本当の意味で識ったのはこの瞬間なのではないか。二度と戻らないものがあること、人はそれを身近な人を喪って初めて知る。慟哭するレオをみて、過去の自分を重ねてしまう人も多いのではないだろうか。

 本作は間違いなく悲劇でありながら、それだけでは終わらない。レオとソフィの再生の物語でもある。骨折が完治したレオが、医者にギプスをカッターで砕いてもらうシーンは象徴的だ。後方の窓からは柔らかな陽光が差し込み、俯くレオの顔が徐々に照らされていく。凍てついていた心が、緩やかに溶け始めているよう。そして何よりラストシーン、ラストカットの余韻は至高だ。黄金色に染まる花畑から振り返り、空き家となったレミの家を見据えるレオ。親友を喪った傷が癒えるのにはまだ時間を要するだろうし、一生癒えることはないのかもしれない。それでもその眼差しには確かに光が宿り、身体は未来に向かい始めたのだ。


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