パワハラ事例(I藤忠商事事件 令和4年3月16日)

【事件の概要】
有名大手商社Iと雇用契約を結んでいたXが、上司からパワハラを受けた等として、I社に対して不法行為に基づく損害賠償請求を行うとともに、I社による降格処分が無効であると主張。
I社の定める職能資格である固定給月額60万7500円の支払いを受ける地位にあることの確認を求め(※1)、当係争中にされた普通解雇が無効として、雇用契約上の地位確認および解雇後の賃金・賞与の支払いを求めた(※2)事案。

【判決】
商社Iが主張していた事実についていずれも不法行為の成立を認めず、降格処分も有効としたが、解雇は無効と判断し、雇用契約上の地位確認請求と解雇後の賃金・賞与請求の一部を容認。

【経緯】
Xは、平成18年9月、I社に総合職として中途入社した。その後、Xは子会社への出向期間を経て、平成31年1月に同社の財務企画室に異動となった。
I社は、令和元年10月11日、Xが若手社員に必要以上の叱責を行ったなどを理由として、厳重注意の上、Xに反省文の提出を命じた(Xは最終的に反省文の提出を拒否する旨を回答)。
I社は、Xの令和元年度の能力評価からXを降格し、固定給月額が60万7500円から59万6250円に減額となった。
Xは、令和元年12月、I社を提起。I社は、答弁書で、Xが自身の能力発揮について改善の意思および見込みがあると考えているのであれば、Xの改善計画等について話し合うこともやぶさかではないが、そのような意向がないのであれば、解雇を回避する最後の手段として退職を勧奨し、いずれにも応じないのであれば解雇を検討せざるを得ない旨を主張。これに対し、Xは、代理人を通じ、退職を前提とした和解には応じられないとした上、雇用継続が前提の和解条件として、反省文提出命令の撤回、解決金300万円の支払い、降格処分の取り消し、今後改善計画を要求しないこと等を提案した。
 I社は、令和2年4月21日付の解雇予告通知書により、Xに対し、解雇を通知した。

【ポイント】
 ① 降格処分の有効性
I社の就業規則上、固定給が支給されることが定められ、就業規則と一体となった人事制度解説書において、能力評価の結果が反映されること、能力評価が一定以下の場合には、降格もありうることが明らかにされている。このように、降給およびこれに伴う固定給の減額については、労働契約上の根拠があると言える。
財務企画室におけるXの業務遂行の状況は、自分なりの考察・分析をした上で成果物を作成するという姿勢に欠け、必要な情報を収集しないまま要点を踏まえない質問メールを繰り返し海外店担当者に送ったり、Xの対応に海外店担当から苦情を受けたりしたもので、上司からも指導を受けていた。
Xが降格と評価されたことにつき、I社が裁量権を逸脱または乱用したと認めることはできず、本件処分は有効といえる。

 ② 解雇の有効性
I社は解雇理由として、Xは自己評価が高く他罰的で自分の問題点について反省せず、上司等から問題点を指摘されても改善しようとしない等の問題点があり、等級として求められる業務レベルに達していなかったこと、長期間にわたり多数の部署で教育指導してきたが改善は認められず、改善見込みがないことを主張。
I社は令和元年度の能力評価において「評価レベルを下回るが、本人の努力により標準的なレベルに到達する見込みのあるレベル」とされているとおり、解雇に値する勤怠不良とはいえない。
上司も、「経験値もそれなりにあり、知識もあるので、自身の感情を上手にコントロールし、素直に業務に立ち向かうことで、改善の可能性はある」とコメントしていた。このように、I社はXに改善の可能性があることを前提に指導してきたと言える。
I社は、XがI社を提訴したことを直接の契機としてXに対する解雇を決めたといえるところ、和解協議における提案自体が解雇の客観的に合理的な理由たり得るということはできない。
解雇について、客観的に合理的な理由があるとは認められず、社会通念上相当であるとも認められないので、解雇は無効である。

               (田口靖晃弁護士の見解を参照)

【まとめ】
上司によるパワハラが認められている事案ではあるが、従業員であるXも他罰的な傾向がみられるようでもあり、客観的な真実が不透明。会社側・従業員側の双方に係争を生む歪みが生じていたとみるのが妥当かもしれない。たとえ本人の性格に多少の難があったとしても、解雇が有効であると認められるのは難しい。解雇を有効とするには、ⅰ)客観的に合理的な理由があり、ⅱ)社会通念上相当である、という二つのハードルは少なくともクリアしておく必要があるが、いずれも抽象的であり判断が難しい部分があるというのが正直な感想。
一方で、降格や降給については、就業規則や賃金規程(またはそれに類するもの)に記載があれば、それを根拠として有効性を認められる可能性がある。従業員を降給しなければならない事態に備えて、賃金テーブルをはじめ、賃金規程は作成しておいた方がよい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?