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私の大学院生活(文系地方私大修士課程の一例)

学部3年生になった時、突然コロナ禍なるものがやってきて、大学に行くことを禁じられオンライン授業が始まった。
ついでに働いていたバイト先もコロナ禍の影響を受けて閉店し、私は働かない上に大学にも行かない人間になった。
当時の私はさほど大学に愛着もなかったので、「定期代が浮いたな」と思った。
その浮いた定期代約5万円で本を買った。
岩波文庫の白と青、講談社学術文庫にちくま学芸文庫、ブルーバックス、その他新書諸々、読みたかったけどあまり手元には置いていなかった本たち。

本を読んで、オンライン授業も山ほど受けて、一切の就活を拒否し、その結果私は大学院に進学する運びとなった。

文系で大学院に進学する人は多くない。しかも私の大学は全く名の知れていない地方私大だから、「院生」という存在を目にしたこともないほど少なかった。
インターネットで調べてみると、「大学院 つらい」「大学院 辞めたい」「研究室 行きたくない」みたいなサジェストばかり出てくるし、どうやらすごくしんどいものらしいということだけは分かった。

そして実際、ある程度しんどいものではあった。
とはいえ、結果的には非常に有意義な2年間で、許されるならばこの先の人生が修士課程の2年間を永遠に繰り返すだけのループ人生でいいのに、とも思えるほど楽しい日々だった。

無事この度修士論文(のようなもの)を提出し、2024年3月で私は大学を去ることになる。
私の大学院生活を振り返って、楽しくしてくれたもの・助けてくれたものたちを感謝の気持ちとともに書いていこうと思う。


研究の楽しさ

なによりも一番私の大学院生活の重点にあったのは、結局のところ「研究」以外に他はない。
私は学部から専攻を変えて院からは社会学専攻にしたのだけれど、それゆえに手法そのものに新鮮さを感じることができた。
一方で専攻を変えたことによるギャップもあって、M1の4月から夏休みに入るまでの期間だけで、先生方からの「それは〈社会学〉じゃないですね」という言葉を10回以上聞いた(未だに〈社会学〉が何かよくわからない。「修士(社会学)」なのに)。

実証研究をするにあたって、初めてインタビュー調査なるものを行ったが、これが良かった。
研究の糸口はやはり「足で稼ぐ」的な、実地の部分から見えてくるものが大きくて、自分の脳みそとウンウン唸っている時間も大切だけれど足を動かして他者を見たり他者と喋ったりすることが本当に大事だった。
これは学部時代から社会学をやってる学生にとってはごく自然なことなんだろうけれど、法律の条文と判例とにらめっこして卒論を書いた私からすると天から雷に打たれたくらいの衝撃があった。
調査は楽しかったし、研究に道筋を示してくれた。そのうえ、人とコミュニケーションを取る機会を与えてくれて、院生室から引っ張り出してくれた。
人と話したりまちを歩くことは、ただそれだけで私を健康にしてくれた。

もちろん、研究(というか発表)が憂鬱すぎてメールを見て小ゲロを吐いたこともあったけど。基本的には楽しかったです。

経済面

経済面の不安は心の不安に直結する。
私は実家暮らしであることと、奨学金いくつかとTA、アルバイト、その他諸々のおかげで、これといってめちゃくちゃに困る、ということはなく2年間を安定して過ごすことができた。

これは地方私大における「院生の少なさ」がメリットに転じる部分になるのだが、院生(支援を欲する人)が少ないので大学や大学に近しい団体が行う経済支援がより多くの人に行き渡りやすい、という性質がある。

奨学金関連を申請・応募するときに必要な書類って本当に面倒くさくて、投げ出したくなることも何度もあったけど、ライバルが少ないので当たる確率もでかい。
情報不足だったり、研究でいっぱいいっぱいになって書類を準備できなかったりする院生仲間たちを蹴散らし、ちゃっかり奨学金をゲットした。よくやった、偉いぞ過去の私。

TAもえっらい多く担当させてもらった。どうせ日がな一日大学にいるので大学でお給料が発生すればこれほど良いことはない。
TAで先生と親しくなったり、学部生の友達ができたりもするので生活が豊かになりキラキラキャンパスライフ(?)につながった。
楽しいうえにお金ももらっていいんですか!? という感じでした。が、一概に言えることでは絶対にないので誰も参考にしないでください。

院生室の居心地

これも超大事。
この世には院生室で研究するタイプの院生と、おうちで研究するタイプの院生がいて、私は前者だったので院生室での生活レベルを爆上げすることがQOLに直結する。

デスクの引き出しに食べものをいっぱい詰めて、スリッパを履いて、ブランケットと、冷蔵庫にも飲みもの食べものを入れておく。眠たくなったらソファで寝ちゃう。よく晴れた気温の良い日はデスクの引き出しからレジャーシートを出してきて、大学の芝生でお昼寝したり本を読んだり。
デスクにはでっかいモニターと良いマウスを置いて作業環境も最善なものに。好きなアイドルのアクスタと写真を置き、シナモンくんグッズで周りを固め、私の院生室及び私のデスクは最高のマイプレイスとなるに至った。

院生室についても、前述の「院生の少なさ」がメリットとなるひとつである。
他の大学の院生室をよく知らないけれど、私の大学の場合、ひとりひとつのデスクと鍵のかかるロッカーが与えられる。
とはいえ部屋にもデスク数にも余裕があるので、大抵一人でふたつデスクを使っている。私は三つデスク使ってた。
また院生室とは別に、院生みんなが共有で使える部屋があって、一人で集中したいときや、みんなでご飯を食べるとき、発表の練習をするときなんかに使ってた。ボードゲームしたり映画を見たりもした。

聞いた話だけれど、院生がたくさんいるような大学だとデスクがめちゃくちゃ小さかったり、そもそもデスクが共用だったりするらしい。想像できない。
私が「大学院、最高!」って思う時の多くは「院生室、最高!」と同義なくらい、「院生室」の存在は生活において重要な要素を持っていた。
院生室で文章を書いたり本を読んだりするのはもちろん、院生室で友人たちとお喋りする時間も本当に楽しかった。居心地の良いマイプレイスは生活に必須だと思うけど、院生の場合それが院生室になると一石二鳥にも三鳥にもなると思う。

大学内のサードプレイス

さて、「マイプレイス」の話をしたけれど、「院生室」だけじゃ息が詰まる時もある。
院生室にいればずっと脳内に「研究」が鎮座しているし、来る日も来る日も同じ人間とばっかり喋って飽きてしまう。
そこで「サードプレイス」の存在が重要になる。

私の大学生活の根幹というか、最も私を楽しくしてくれたものは、明らかにこの「サードプレイス」、大学構内にあるブックカフェである。
ブックカフェで17時まで過ごし、そのあと院生室に戻る、という生活をほぼ毎日続けていた。私は大学に「セカンドプレイス」と「サードプレイス」の機能がどちらもあったので、四六時中ず~っと大学にいる人になっていた。

ブックカフェに行くとスタッフのみなさんが名前を呼んで私を迎えてくれて、美味しいコーヒーを淹れてくれる。席に座って本を読んでいると、学生や職員さんたちが声をかけてくれる。

私の友人関係はほぼ全てがブックカフェを起点として発生している。というのも、ただブックカフェにいるだけで次から次へと新しい人と出会い、お喋りし、仲良くなってしまうからである。
学年も専攻も違う学生たちや、職員の方たちや、留学生の子たち、はたまた近所に住む地域の人まで。

こういう場所があると、「社会とつながってる感」みたいなのがあって嬉しい。院生室は院生室で良いのだけれども、コミュニティが小さくて固定的であるから、逃げ出したいときに逃げられない。
ブックカフェに行くと、本当に、本当に色んな人がいる。彼らが存在していること、その中に私も入り込めたこと、家でも院生室でもない場所に私の居場所があったことは、研究の助けにもなったし、私の心の大きな支えともなった。

たくさんの小さくて大きくて流動的なコミュニティに自分の存在が受け入れられたことは、単に生活者としても同じ世界に生きる人間としても非常に意味があり重要な要素のひとつだった。
大学院つらいよ~ってなった時にちょっぴり逃げだしても、逃げた私をなんともなしに迎え入れてくれる人々は、別に特別な存在(恋人や家族とか)ではないのに(ないから?)いつだって肩肘張らず、いい感じに温かくて、いい感じに放っておいてくれて、いい感じにおせっかいを焼いてくれる。
私が感謝すべき人の大半はブックカフェにいる。

まとめ

大学院に行きたいと両親に伝えた時、私は「一年浪人して、一年留年したと思ってほしい」と言って説得した。
この言葉通り、私は大学院の2年間を〈モラトリアムの延長〉として送った。コロナ禍で失った学部3年・4年の2年を取り戻すように「キャンパスライフ」をむさぼりつくした。
この態度は決して褒められるべきことではない。学部の2年と院の2年は全く別物で、学部生の気持ちのまま大学院生を続けるのは甘さが過ぎるだろうと思う。
とはいえ、「大学院」のサジェストで出てくるような「つらい」「苦しい」「辞めたい」と思う2年間はもったいないと思ってしまう。つらくて苦しくて辞めてしまった人を実際に目にしてしまうと尚更そう思う。

幸い、私は人の運がすごく強いので周りの人に恵まれ、楽しくて幸せで有意義な2年間を過ごすことができた。

修論の謝辞を書きながら、私と関わってくれた全てのことを思い返した。
あまりに多いので結局周りへの感謝はなんにも書けなかった。
これはあの時に書けなかった謝辞である。

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