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101号室

薄暗い部屋に2人の男がいる。

彼らに与えられているのは
【尋問者】と【証言者】という役割だけ。
名前も年齢も足のサイズもこの物語において全く重要ではない。

むしろ大事なのは
これから行われる尋問の主題──
《リウ》と《タフ》
2人の謎めいた少年について。

*   *   *

「……助けてくれ……」
手錠で拘束された証言者がおずおず口を開く。
「いったい俺をどうするつもりだ?」

「お前がどうなるかは問題じゃない」
身じろぎもせず冷淡に言う尋問者。
「それに質問するのは私で、お前ではない」

窓も時計もない壁に囲まれた室内では
時間の経過を悟る正常な感覚が失われる。

当局の尋問部屋に証言者が放り込まれたのは
ほんの数十分前のような気もするし
数週間前のような気もする。

そして恐ろしいのは
緊張を強いられるこの状況が
いつまで続くかわからないということである。

*   *   *

「尋問を始める。私が聞きたいのはスラムの悪童子リウとタフについてだ」
「あいつらのことなんて俺は何も知らない」
「嘘をつくな」
「嘘じゃない! 本当に知らないんだ! だから何を聞かれても答えようがない」
「尋問される人間は最初みんな知らないと言う」

心の奥底まで見透かすような
鋭い視線を投げかける尋問者。

「しかし私が証言を拒む連中の口をこじ開けて歯を1本ずつ引っこ抜いてやると、おいおい泣いて何でも話すから勘弁してくれと懇願する。さてお前はどうかな?」

表情を硬くする証言者。
尋問者は薄笑いを浮かべて小瓶を取り出す。

「これが何かわかるか?」
「……??」
「ジェリービーンズ。リウが持ち歩いてるものだ。なぜいつもこれを食べている? いったいどんな秘密が隠されているんだ?」
「秘密って……ただの好物じゃ……」

まるで証言者の答えが
気に入らないというように首を振る尋問者。

「そんなはずない。何かしら秘密があるのは明らかだ。そうでなければ毎日大量の砂糖菓子を食べたりするものか」
「あいつは変わり者だから」
「ああ、そうだとも。リウが常人でないことぐらいお前に聞かなくても知ってる。私が知りたいのはジェリービーンズを摂取することで身体にどんな影響があるか。リウに宿っている特別な力との因果関係だ」

要領を得ない顔でポカンとしている証言者。
尋問者は苛立ったように舌を鳴らし
机の上にある照明を相手に向けて近づけた。
眩しい光が強い痛みを伴って眼に突き刺さる。

*   *   *

「質問を変えよう。リウの腕に彫られた刺青を見たことあるか?」
「もちろんあるよ」
「あの刺青が何を意味するか聞いたことは?」
「いや。本人もわからないみたいで、解き明かせない謎が自身に刻まれているのが気に食わないらしい」
「つまりリウの意思で彫ったわけではないと?」
「たぶん……とにかく自分のことを話したがらないし、そばに人を寄せつけないんだ。リウが心を許す相手はタフぐらいしかいない」

「ではタフについて話してもらおう」
「あいつはバカみたいに単純だ。ただ恐ろしく強い。どんな相手でも叩きのめす。そう言えばこんな噂を聞いたことがある。なぜかタフは『かくれんぼ』が好きで、いつも必ず鬼役を買って出るとか」

奇妙な噂を頭の中で吟味する尋問者。
指先で机をコツコツ叩き
その爪が驚くほど綺麗なことに
証言者はふと気づいて目を奪われてしまう。
美しく磨かれた爪。
そこに持てる者と持たざる者の格差を感じずにはいられない。

*   *   *

「お前は嘘しか話さないな」

指先で机を叩くのをやめて口を開く尋問者。

「お前の親も、そのまた親も、
そのまた親の親も嘘ばかりついてきた。
何を隠そう私も嘘をつくのは得意でね。
我々人類は嘘を重ねることで進化を遂げ、
そうして創り上げた虚構を歴史と呼んだ」

尋問者を見つめたまま曖昧にうなずく証言者。

「いいことを教えてやろう。
この部屋は『101号室』と呼ばれているが
同じ建物に数百もの尋問部屋があって
全室101の部屋番号が付けられている。
なぜかわかるか? 我々の創った虚構が
世界そのものを成り立たせているからだ。
その中で私とお前は
【尋問者】と【証言者】という役割を
ただ演じているに過ぎない。
我々の影と実体にどれほどの違いがある?」

無機質な部屋の壁に映る2つの人影。
それをぼんやり眺めながら
自分の役割について考えをめぐらす証言者。

*   *   *

「私は嘘しか話さない」

尋問者の熱を帯びた声が空気を震わせる。

「101号室という虚構の部屋では
あらゆる言葉が口にした瞬間に偽りになる。
黒いカラスが白く染まるように。
お前が嘘しか話せないのも当たり前だ」


「……俺が嘘しか話せない……?」

「そうとも!
我々の嘘から真が生まれ
パラドックスを凌駕するのだ!!」

興奮を抑えきれず椅子から立ち上がる尋問者。
その勢いで照明が倒れ
壁に映る人影がぐらりと揺らぐ。

「この世には暴いてはいけない嘘がある。
しかし当局が得た情報によると
スラムに住む戸籍のない“NoIDs(ノイズ)”が
禁忌を侵そうとしているらしい。
その中核にいる暴き屋のリウと暴れ屋のタフ。
あの2人は何を企んでいる?
仮面の下にどんな素顔を隠しているんだ?」

にやりと笑う証言者。
尋問者が顔をしかめた瞬間、電話が鳴り響く。

「もしもし……な、何だと!?」

慌てふためきTVモニターをつける尋問者。
黄色いレインコートに仮面をつけたNoIDsが
迎賓館に侵入する映像が流れて
有名絵画の贋作やスラムを蹂躙する様子など
当局が隠蔽したい事実が暴露される。

「この映像を早く止めるんだ!」

尋問者が叫ぶのと同時に机を叩く証言者。
手錠を鳴らしながら何度も叩き続けるうちに
それに呼応するかのように
ほかの101号室からも机を叩く音が聞こえ
大きなノイズとなって建物全体に響き渡る。

──これが世界に異を唱える
持たざる者たちの雑音(NoIDs)──


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