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3分小説「白鴉」#4 死んだ者は幸せだ

小説「白鴉」は、リウとタフが登場する少年漫画「GABULI」とは異なる、もう一つの物語

#4 「幸せな死者」

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*   *   *


ゆうべ眠らなかった。
眠れば白いカラスの夢を見る気がして
夜が明けるまで天井の黒い染みを眺めていた。

ミリアムは今
薄汚れたオンボロ小型車に乗っている。

張燕の運転は乱暴すぎるとゼヴが文句を言い
案の定、郊外のハイウェイでパンクした。
タイヤ交換が必要だ。

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「やっぱりミリアムは
オレたちが探し求めてる“白鴉”なのか?」



昨夜、張燕の問いかけに
盲目の老女デボラは間違いないと答えた。

「あれはどういう意味なの?」
「白いカラス、つまり特別な存在ってことさ」
「なんで私が……」

ミリアムの不安をよそに
車に寄りかかったまま飄々と告げる張燕。


「お前はデザイナーベビーだ。
サイコ野郎ヨゼフの遺伝子研究所で誕生した。
だから親はいない。
その代わり数百人の兄弟姉妹がいる。
でも多くは10歳まで生きられないらしいぜ」


張燕の話に衝撃を受けるミリアム。
しかし納得がいく。
10歳の誕生日にヨゼフ博士が訪ねてきたのは
ミリアムの生存を確かめるために違いない。

「地球上の全人類を狂わせちまう
最悪な古代兵器があると言ったら信じるか?」
「……えっ……」


「その兵器を起動させるには“鍵”が必要で
鍵の俗称が白鴉──つまりお前だミリアム。
オレたちの目的は世界のどこかに眠る兵器を
見つけて破壊すること。それを成し遂げるには
白鴉であるお前の力が重要なんだ」



ミリアムの頭上を白い大きな雲の塊が
ゆったりと流れていく。

自分が恐ろしい兵器を起動させる鍵だなんて
そんなの信じられるわけない。
だが血に染まった大地を夢で見たのも事実だ。
あの光景を思い出すたび眩暈に襲われる──

「なあ2人とも
少しぐらい手伝ったらどうなのさ」

ひとりタイヤ交換していたゼヴが不平をこぼし
はっと我に返るミリアム。

「なんだ、まだ終わらないのかよ」
「ボクに全部やらせといてよく言うよなぁ」
「ほらどいてみろ」

ゼブに代わりスペアタイヤを取る張燕。
うっかり手を滑らせ斜面を転がり落ちていく。

「……あ、しまった!」
「まったくロクなことしないんだから」

ミリアムの前で例のごとく
子供じみたケンカを始める張燕とゼヴ。

そこへ1台の車が通りかかる。
不運なことにハイウェイ・パトロールだ。


*   *   *


車から降りてきた2人組の警察官。
にたにた笑いながら近づいてくる太った巡査と
その相棒はまだ若そうだ。

「お前たちここで何してるんだ?」

太った巡査にタイヤ交換だと答える張燕。

「事故じゃないのか」
「ええ、大丈夫なんで行ってください」
「そうはいかない。困ってる市民を見かけたら
手を貸すのが警察の務めだからな」
「でもお巡りさんに迷惑をかけるのは……」

張燕の言葉を遮るように
胸ポケットから煙草を出す太った巡査。
真鍮製の無骨なオイルライターで火をつけて
ゆっくり煙を吐く。


「お前たちに尋ねたいことがある。
図書館司書を殺してその娘を誘拐した犯人が
車で逃走してるという情報が入った。
そういう怪しい奴を見かけなかったか?」



とぼけて肩をすくめる張燕。
ゼヴも首を横に振る。

「お嬢さんはどうだ?」

身を固くしたまま何も答えないミリアム。

「そうか……じゃ仕方ない」

突然、太った巡査が拳銃を発砲する。
オンボロ小型車の正常なタイヤを撃たれ
空気が抜けてみるみる潰れてしまった。

「こっちも交換しなきゃな」

にたにた笑って言う太った巡査。
若いほうは淡々とした表情で傍観している。

「おいおい、いったい何の真似だよ」
「それはこっちのセリフだ。
お前みたいな悪党が何を企んでる?」

サングラス越しに相手を睨みつける張燕。

「お嬢さん、もう安心だ。
警察が保護するからこっちに来なさい」

太った巡査に迫られミリアムは後ずさりする。

「なぜ逃げる?」
「あなたの笑い方が気持ち悪いからよ」
「……小娘のくせにナメた口ききやがって!」

ミリアムに拳銃を突きつける太った巡査。
彼女を助けるべく
張燕とゼヴが飛びかかろうとした瞬間
いきなり若い巡査がタイヤ交換に使うレンチで
相棒の頭部を殴りつけた。

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予想外の事態に太った巡査はただ目を丸くし
さらに殴打されて地面に倒れ込む。


「こいつの笑い方
俺もずっと気に食わなかった……」



動かなくなった相棒の顔を
無表情のまま踏みつけながら呟く若い巡査。

「さあ早く行け。
こいつの始末は俺がするから心配ない」
「ああ……助かったぜ」

小型車を捨てて歩きだす張燕たち。

「ちょっと待て。
せっかくだから記念に持ってけよ」

若い巡査が相棒のライターを投げて寄越し
それをゼヴがキャッチする。

「死んだ者は幸せだ。生きてる者と違って
この先もう死なずに済む」

ミリアムが若い巡査のほうを見たとき
彼は初めて表情を崩し満面の笑みを浮かべた。


*   *   *


また警察に遭遇しないよう
ハイウェイから離れて草原の中を歩くことに。

張燕が呑気な鼻歌を口ずさみ
ゼヴにうるさいと言われても意に介さず
ミリアムはさっきの出来事を思い返していた。

にたにた笑う太った巡査。
彼の頭部にレンチが振り下ろされる──


「死んだ者は幸せだ。生きてる者と違って
この先もう死なずに済む」



若い巡査の言葉は
老女デボラとどこか通じる部分がある。


「今日の死が明日の生を創り
未来へ繋がるのさ」



死によってもたらされる幸福や未来。
何とも甘美な危うさを感じずにはいられない。

そのとき張燕の鼻歌が急に止まった。

ミリアムが気づくと
いつの間にか仮面の武装集団に囲まれている。

小説4話_挿絵③_1118

「まったく物騒な歓迎だな」
「黙れ。両手を頭の後ろで組んでひざまずけ」
「……やれやれ……」

言われた通りにする張燕。
ゼヴに促されてミリアムも素直に従う。
するとリーダーらしき男が歩み寄ってきた。

「張燕、お前には失望したぞ」

仮面の下から刀傷のある素顔を露わにする男。

「お前の身勝手な行動が
どれだけ同胞を危険に曝すかわかってるのか」
「兄貴こそすぐ勝手に決めつけるだろ」

張燕に兄貴と呼ばれた人物は
怒りを露わにして足下の土を蹴り上げる。


「今朝デボラの遺体が発見された」


突然の報せに動揺するミリアムとゼヴ。
張燕は呵々と笑い飛ばす。

「バカ言うな。ゆうべは元気そうだったぜ」
「だとしたらお前たちが
デボラの死を招いたとしか考えられない」
「……な、何だと?」
「彼女を殺した罪を償わせてやる」
「ふざけんじゃねぇ!」

兄貴に掴みかかろうとする張燕。
しかしほかの連中に寄ってたかって殴られ
そのまま意識を失って崩れ落ちた。


*   *   *


壁の隙間から射し込む陽光。
身動きすると地面の干し草がかさこそ鳴り
その音に反応した鶏が騒ぎ立てる。

武装集団に連れて来られたのは大きな農場で
どうやら秘密アジトらしい。
家の中に地図や無線機器などが並び
隣接する納屋にミリアムたちは縄で繋がれた。


「あたしの役目は終わったようだね」


信じられないデボラの死。
未来を予見する盲目の老女はこう言った。
ミリアムに会ってメッセージを伝えるために
今まで生かされてきた気がすると。


もしかして彼女は
自分の死の訪れを知っていたのだろうか。



「なあ大丈夫かい?」

考え込むミリアムを心配して声をかけるゼヴ。

「さっきの偉そうなヤツ
あれが張燕の兄貴で名前は張獅だよ」
「本当に兄弟なんだ?」
「まあね。犬猿の仲だけどさ」

デボラもそう言っていた。
仲の悪い兄弟でも力を借りなきゃいけない。
そのことは張燕も十分わかっているはずだと。

ゼヴいわく張獅たちは【NoIDs】と呼ばれる
戸籍を持たない無法者の集まりで
世の中を牛耳る世界政府の転覆を企む
いわば義賊のような革命勢力なのだという。

「でも張燕は兄貴のやり方に反対で
組織を飛び出して単独行動するようになった」
「お兄さんが組織を率いてるの?」
「いや、リーダーは……」
「さっきから何ベラベラ喋ってんだよ」

突然がばっと起き上がり
ゼヴの首に腕を絡ませて締める張燕。

「オレの悪口でも言ってたのか」
「ち、違うよ!」
「余計なこと喋ったら承知しねぇからな」
「……ぐるぢい……」
「もういい加減にしなさい!!」

ミリアムの怒声でびくっとなる張燕とゼヴ。

「子供じみたケンカより
どうすれば脱出できるか考えるのが先でしょ」
「はい……スミマセン……」
「怒ると怖いんだね」

そこへ張獅たちがやって来る。
彼の隣にはおさげ髪の少女が立っていた。

「あなたがミリアムね?」

少女の問いかけにうなずくミリアム。

「私は張玲。
張燕の妹で革命組織のリーダーよ」

ミリアムが驚きの表情を浮かべ
その灰色の瞳をまっすぐ見つめて告げる張玲。

「ずっと会いたかった……
でも残念ながら、あなたを処刑します」

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