連載小説「白鴉」#1 灰瞳の少女と血みどろの夢
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連載小説「白鴉」#1 灰瞳の少女と血みどろの夢

小説「白鴉」は、リウとタフが登場する少年漫画「GABULI」とは異なる、もう一つの物語

#1 「灰色の瞳」


レインコートの少女


空から舞い降りる1羽の白いカラス。

眼前に広がるのは
夥しい血で赤く染まった大地と
折り重なって絶命している無数の人々。

その死者で埋め尽くされた荒野に
黄色いレインコートを着た幼い女の子が
フードで顔を覆われて立っている。


《白いカラスの色の異なる両眼が
女の子をめぐる2つの事象を同時に捉える》



白い右眼に映るのは
フードを被ったままの女の子。
何も見えなければ死者たちの存在を認識せず
平穏な世界が保たれる。

黒い左眼に映るのは
フードを脱ごうとする女の子。
光が見えた瞬間に死者たちの存在も認識され
凄惨な世界を目撃する。

相対する情景に白いカラスが鋭く鳴き
2つに分裂した女の子の物語が幕を開ける──


*   *   *


冬の空を映したような灰色の瞳。

鏡の中の自分に見つめられると
そこはかとない不安を感じてしまうのは
なぜだろう?

物心ついた頃から見慣れているはずなのに
あの灰色の瞳が、靴に入った小石みたいに
違和感を投げかけてくる。


>>>


19年前、ミリアムという名の少女は
1000グラムに満たない体重で誕生した。

母親から聞いた話によると
保育器の中で供給された高濃度の酸素が
未熟児網膜症という眼の病気を引き起こし
失明だけは回避できたものの
その影響で瞳が灰色になったという。

ミリアムの母親セルマは公立図書館司書を務め
女手ひとつで娘を育ててきた。

父親のことは何も話さず
ミリアムも尋ねようとしなかった。
ただ一度だけ、彼女が10歳の誕生日に
眼鏡をかけた男性が自宅を訪れたことがある。


「ミリアム、君が大人になったら
また会いにくるよ」



優しそうに微笑んで帰っていった男性を
もしかして父親ではないかと考えたりもしたが
時が経つにつれて忘れてしまった。


>>>


洗面所で顔を洗うミリアム。
メイクと着替えを手早く済ませて
玄関で靴を履いているとき携帯電話が鳴った。

「もしもし……」
「ミリアム、やっと起きたのね」

母親の呆れた声が響く。

「ほんと寝坊助なんだから。
グズグズしてると学校に遅刻するわよ」
「わかってる。いま家出るとこ」
「朝ご飯は食べた? キッチンのテーブルに
サンドイッチが置いてあるでしょ」
「うん。でも急いでるから」
「そう言えば今朝うなされてたけど大丈夫?」

大丈夫だと答えるミリアム。
母親を変に心配させたくないから
白いカラスが登場する夢のことは話さない。

「ねえママ、急いでるんだってば」
「はいはい。気をつけて行ってらっしゃい。
あなたを心から愛してるわ」

ミリアムは電話を切り
一度結んだ靴紐を解いてキッチンに引き返すと
母親の手作りサンドイッチをバッグに入れる。

アパートの玄関を出てドアに鍵をかけながら
『101号室』のルームプレートが
ほんの少し傾いているように見えたが
まあ気のせいだろう。


*   *   *

ミリアム


ミリアムの通う王立演劇学校は
自宅から地下鉄で20分の場所にある。

彼女が女優を志すようになったきっかけは
小学生のときに劇場で観た
ジャンヌ・ダルクの舞台作品だった。

神の声を聞き、祖国のために戦って
異端審問で火刑に処されたオルレアンの乙女。

その芝居の中で
囚われの身となったジャンヌが
牢獄の窓辺に飛んできた白いカラスに
心の葛藤を打ち明ける場面があり
それを見たミリアムは思わず息を呑んだ。

【白鴉】
-shirogarasu-

白い羽のカラス
高い知能を持ちギリシャ神話では
“神の使い”として登場する
存在しないもの、あり得ないことの例え

図書館で調べた本によると
白いカラスは崇高な存在と記されていたが
ミリアムにとっては死屍累々の血に染まった
大地に降り立つ不吉な鳥である。


あんな恐ろしい夢を
なぜ子供の頃から繰り返し見るのだろう?



地下鉄が軋む音を立てて停車し
はっと我に返るミリアム。
今朝も夢の中に現れた白いカラスを
頭から追い払うように颯爽と歩きだす。

人の流れに乗って改札へ向かいながら
ふと自分を見つめる視線を感じた。

咄嗟に振り返るも視線の主はわからない。
エスカレーターの前で立ち尽くすミリアムを
小太りの中年男が迷惑そうに追い越していく。

「やあ、ミリアム」

駅から外へ出たところで声をかけられた。
同じ演劇学校の仲間で
ミリアムに好意を寄せている青年だ。

「サイモン、あなただったの」
「え? 何が?」
「地下鉄を降りたとき私を見つめてたでしょ」
「僕じゃないよ。自転車で来たんだから」

そう言って道路脇に並んでいる
公共のシェアサイクルを指差すサイモン。
ミリアムは肩をすくめる。

「ところで昨日はお絵描きでもしてたのかい」
「えっ……何のこと?」
「全身ペンキだらけで歩いてたじゃないか。
声をかけても君は知らん顔で行っちゃってさ」

サイモンの言葉に眉根を寄せるミリアム。
まるで身に覚えがない。

「私じゃなくて別人なんじゃない?」
「いいや。僕が君を見間違えたりするもんか。
君と同じ灰色の瞳の持ち主は滅多にいないよ」


*   *   *


午前中は演技講師の都合で休講になった。

ミリアムは近くの公園へ行き
ベンチに座って母親のサンドイッチを頬張る。
野生のリスが羨ましそうに眺めるので
パンを分けてやると一心不乱に食べ始めた。


私にそっくりな灰色の瞳の少女──


サイモンの話を思い返すうちに
自宅の洗面所で見た鏡の中の自分の顔が
再び脳裏に浮かんできた。
そこはかとない不安も一緒によみがえる。

「昨日はお絵描きでもしてたのかい」
全身ペンキだらけ? いったいどういうこと?

サイモンが謎の少女を目撃したのは
川沿いの南岸にあるレンガ造りの倉庫街で
彼女は黄色いレインコートを着ていたという。

「よく晴れた日だったから
その格好がすごく印象的だったんだよ」


黄色いレインコート
恐ろしい夢に出てくる幼い女の子と同じ……



サンドイッチを食べ終えて
思案しながらベンチから立ち上がるミリアム。
彼女の足は自然と倉庫街へ向かっていた。


*   *   *


悠久の時を想わせる大河の流れ。

過去と未来が混在するこのエリアは
古い建物に新しい店舗が軒を連ね
街角に佇む老人が
行き交う若者を見るともなしに眺めている。

高架下をくぐる石畳の路地を歩きながら
ミリアムは胸騒ぎを覚えていた。

自分に似た黄色いレインコートの少女と
ばったり出くわすような気がして
窓に映る自分の顔に思わずはっとさせられる。


そのときカラスの鋭い鳴き声が響いた。


ミリアムが咄嗟に振り向くと
姿は見えないものの羽ばたく音が聞こえる。
それを追って小径を進むと強い異臭が。
悪夢が立ち現れたような生々しい血の匂いだ。

さらに路地の奥へ進もうとしたとき
背後から肩を掴まれた。

「ミリアムだな?」

驚きと恐怖で身動きが取れない彼女に
落ち着いた声で語りかける背の高い男。
サングラスをかけているが
その下から覗く視線には覚えがある──

地下鉄構内、改札へ向かう人の流れ。
エスカレーターの前で立ち尽くすミリアムを
迷惑そうに追い越す中年男。
その後ろから現れたサングラスの男が
平然を装いながら彼女の脇を通り過ぎていく。
あのときから尾けられていたのだ。

「……あなた誰なの?」
「悪いが今ここで詳しく説明してる暇はない。
とにかくオレと一緒に来てくれ」

男に腕を引かれて抵抗するミリアム。
彼の手に噛みつき、脱兎のごとく逃げだす。

「痛っっっ……おい待て!」

迷路のような路地を走る、走る、走る。

いつの間にかミリアムは
レンガ塀に囲まれた袋小路に入り込んでいて
突き当たりの壁にペンキで描かれた
グラフィティアートを目にして愕然とする。

「……白いカラス……」

白鴉壁画


ミリアムの中で
何かがカチリと音を立てた。



子供の頃から何度も見てきた不吉な夢の光景が
謎めいた壁画として再現されている。
そばへ恐る恐る歩み寄ろうとする彼女を制して
追いかけてきた男が叫ぶ。

「よせ! その絵に近づくな!」

男を無視して白いカラスに触れるミリアム。
次の瞬間、彼女の身に異変が生じた。


《ミリアムの灰色の瞳が白と黒に染まり
現実と夢で起こる2つの事象を同時に捉える》



白い右眼に映るのは
現実の路地裏で彼女を見つめている男。
突然サングラスの片方に亀裂が走り
呻きながら目元を手で押さえてうずくまる。

黒い左眼に映るのは
夢の中で血に染まった大地に立つ幼い女の子。
黄色いレインコートのフードを脱ぎ
露わになった漆黒の瞳で死者たちを眺める。

「……見ちゃダメ!」

女の子に向かって咄嗟に叫ぶミリアム。

「どうして?」

言葉を詰まらせるミリアムに
無邪気に微笑みながら女の子が告げる。

「みんな私が殺したんだよ」

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ミリアムと張燕の旅を、今後も見守っていただけると嬉しいです🕊
noteでは、3分で読めるSNS連載小説『白鴉』をつくっています。 そのほか、GABULI-ガブリ-を全てSNS上で見れる「少年漫画」と「MV」で原作づくり中です。 物語・映像・イラストをつくります。あと都市伝説が好きです。