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3分小説「白鴉」#6 黒と白

小説「白鴉」は、リウとタフが登場する少年漫画「GABULI」とは異なる、もう一つの物語

#6 「黒と白」


ハァ、ハァ、ハァ……

黒と白が奏でる無垢な魂の哀歌。
暗い森の中を息を切らして走る、走る、走る。

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裸足で逃げる雪の冷たさと繋いだ手の温かさ。
とにかく転ばないように。
追いかけてくる連中に捕まらないように。

塞がれた世界の外へ、この身を解き放って──


*   *   *


「しまった! ミリアムが危ない!!」

炎上する納屋の前で叫ぶ張燕。
張玲と張獅もはっとして顔を見合わせる。

「敵の狙いは最初から彼女だったのね」
「冗談じゃない。同胞が大勢殺されたんだぞ。
お前がミリアムを助けなければ……」
「何だと?」
「そうじゃないか。あの娘は疫病神なんだよ」
「もういっぺん言ってみろ!」

胸倉を掴んで一触即発になる張燕と張獅。
張玲が兄たちをぴしゃりと制する。

「やめなさい! ケンカしてる場合じゃない。
ミリアムが敵に奪われたら大変なことになる。
何としても彼女を守らなきゃ」


*   *   *


「なあ待ちなってば」
「しーっ」
「またカラスの声が聞こえた?」
「そうじゃない……あそこに誰かいる!」

森の奥を見据えて身構えるミリアムとゼヴ。

「……誰なの?」
「隠れてないで出てこい!」

すると現れたのは怪鳥の群れ──
いや、禍々しい仮面をつけた人間たちだ。

「やっと見つけたぞ、ミリアム」
「その声は……」

異形な鳥の仮面をつけたまま
くっくっくっと笑うヨゼフ博士。

「この仮面が怖いのかね?
怯えることはない。私と君は同じ[å鴉Çrëõa族]
カラスの紋章を受け継ぐ末裔だ」
「……カラス……」
「そうとも。デボラの未来を予見する能力も
[å鴉Çrëõa族]ならではの天賦の才といえる。
彼女に死を与えるとは君の力も大したものだ」

博士の言葉に動揺するミリアム。
まさか私がデボラの命を奪ったなんて
そんなことあり得ない。

でも──

昨夜、移民街の路上で遭遇した
黄色いレインコートを着た謎の人影。
急いで追いかけたが見失ってしまった。

演劇学校の青年サイモンは
ミリアムにそっくりな灰色の瞳の少女が
黄色いレインコートを着て倉庫街を歩く姿を
目撃したという。


私の中にいるもう1人の私が
知らぬ間に行動しているのだとしたら?



「ミリアムが殺したなんて嘘だ。
お前の言うことなんか信じないぞ!」
「ふん、生意気な小僧め」

博士の手下たちがじりじりと迫る。
ミリアムの腕を咄嗟に掴んで駆けだすゼヴ。

「どこへ行くつもりだ。
私から逃げられるとでも思っているのか」


*   *   *


ハァ、ハァ、ハァ……
暗い森の中を走る、走る、走る。

ゼヴに手を引かれながら
ミリアムの脳裏にふと奇妙な映像が浮かんだ。

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何者かに追われて裸足のまま
手を繋いで必死に逃げる幼い2人の女の子。
それはミリアム自身の遠い記憶なのか
あるいは夢の光景か──



「きゃあ!」

木の根に足を取られて転倒するミリアム。
ゼヴが抱き起こす前に
追いかけてきた敵に囲まれてしまう。

「私を手こずらせるのもいい加減にしたまえ」

ミリアムに対峙して語りかける博士。


「それにしても皮肉なものだな。
19年前、私の研究室で誕生した君を
解剖用メスで殺してもいいとセルマに言った。
だが彼女は君の母親役を引き受け
そのせいで昨日私にメスで喉を切り裂かれた。
君の生がセルマの死を招いたのだよ」



「そ、そんな……」
「黙れ! こうなったらボクが相手だ」
「小僧に用はない」

博士の合図で一斉に襲いかかる手下たち。
ゼヴは俊敏な動きで立ち回るも多勢に圧倒され
あっという間にねじ伏せられた。

「さあおいで、ミリアム。
素直に従えば小僧の命は助けてやろう」

おもむろに両手を差し出す博士。
それぞれ白と黒のカプセル薬が掌にある。

「この薬を飲むといい。
そうすれば心が落ち着いて楽になれるぞ」
「嫌ぁーーーっ!」

ミリアムが絶叫した刹那
空から1羽の白いカラスが舞い降り
それを目にした灰色の瞳が白と黒に染まる。


《ミリアムの色の異なる両眼が
現実と夢で起こる2つの事象を同時に捉える》



白い右眼に映るのは
現実の森で白鴉を捕獲しにきた狂気の博士。
こちらに向かって
白と黒のカプセル薬を飲めと迫る。

黒い左眼に映るのは
夢の森で凛と佇む漆黒の瞳をした女の子。
なぜか彼女の両手にも
黒と白のカプセル薬が握られている。

「あなたは飲まなくていい」
「えっ……?」
「私が代わりに薬を飲んであげる」

そう言って女の子が
黒と白のカプセル薬を口に入れた途端
ミリアムの全身を貫くような強い衝撃が走る。

「おお、何ということだ。
白鴉の羽がみるみる黒に染まっていく!」

目の前にいるミリアムを指して
目には見えない彼女の変化に気づき叫ぶ博士。
怪鳥の仮面が突如ひび割れ
ぎょっとした彼の素顔が露わになる。

「……ひ、ひぃ……」

わずかに垣間見えた白鴉の黒い凶暴性に
本能的な恐怖を感じて逃げだす博士。

その判断が正しいことを裏付けるかのごとく
逃げ遅れた博士の手下たちは
狂ったように身悶えながら次々と倒れていく。

そしてゼヴは──

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張燕たちが駆けつけたとき
森の中は異様なほどの静けさに包まれていた。

絶命した怪鳥たちと
瀕死のゼヴを抱いて座り込んだミリアム。

血に染まった太陽を
放心状態で見上げている彼女の姿に
張燕は底知れない戦慄を覚えるのだった。

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