見出し画像

3分小説「白鴉」#7 怪物

小説「白鴉」は、リウとタフが登場する少年漫画「GABULI」とは異なる、もう一つの物語

#7 「怪物」

スライド1


*   *   *


瀕死のゼヴを救うには緊急輸血しかない。

張燕が血液提供を申し出て
医師の資格を持つ張獅に助けてほしいと頼む。

「ダメだ。お前の血じゃ危ない」
「なんでだよ!」
「同じ血液型だと断定できないだろ。
適合性がなきゃ反対に命を落としかねないぞ」
「じゃあどうすれば……」

大げさなため息をつく張獅。

「仕方ない、俺の血を分けてやる。
O型なら抗原抗体反応は起きないからな」
「本当か? さすが兄貴!」
「勘違いするな。お前の仲間はどうでもいいが
医師として見殺しにできないだけだ」
「ああ、わかってるさ」

張燕が兄の肩を気安く叩こうとし
それを拒んで張獅は弟の手を払い除けた。

「輸血する代わりに条件がある。
今後ミリアムには一切関わらないこと」
「……えっ……」


「あの娘は恐ろしい怪物だ。
彼女のせいでどれだけの人間が死んだか
お前も見ただろう」


息を詰めたまま虚空を睨む張燕。
森で目にした凄惨な光景と戦慄がよみがえる。
そしてデボラの予言も──


「あんたはいつの日かミリアムに殺される」


*   *   *


夜空に煌々と輝く黄色い月。
その光を浴びて地面に伸びたミリアムの影が
もはや人間ではなく怪物の姿に見える。

小説7話_挿絵①_0214 (1)

「ミリアム、これだけは忘れないで。
この先どんな怪物にあなたが変わろうとも
私はあなたの味方よ」


母親セルマが殺される直前に遺した言葉。
あのときは何のことか意味がわからなかった。
だけど今は……

焼け落ちた納屋の前で
ひとり立ち尽くすミリアムの手には
張玲が渡してくれたナイフが握られている。


19年前にセルマが実行できなかったこと
──怪物の喉を今ここで切り裂けば
すべて終わらせることができるだろうか?



「バカな真似はやめて」

暗がりから不意に現れる張玲。
戸惑うミリアムのそばに寄り添い立つ。

「あなたが自分を傷つけたところで
誰も生き返りはしない」
「でも……」
「お母さんはあなたを守ろうとして死んだのに
それを無駄にするつもり?」

うなだれた自分の影を見つめるミリアム。
彼女の手から張玲がナイフをそっと取り上げて
闇の向こうへ投げ捨てた。

「実は私もデザイナーベビーなの」
「……えっ?」
「あなたと同じく遺伝子研究所で誕生した。
だから張燕は本当の兄じゃない」

張玲の思いがけない告白。
ミリアムは驚きの顔でおさげ髪の少女を見る。

「私が10歳になる前に
医学生だった張獅が私の成長を止めてくれた。
そうしなければ《秘めた力》に体が耐えられず
死んでしまうとわかっていたから」


秘めた力──大人の都合でデザインされ
忌まわしき運命の犠牲となった少年少女たち。


「でもあなたは違う。
“白鴉”にふさわしい強靭さがある。
あなたなら大勢の命を救えるかもしれないわ」

張玲の言葉を反芻するミリアム。
そのとき足音が近づいてきて咄嗟に身構える。

「今夜の月はやけに大きいな」

夜空を見上げて独り言のように呟く張燕。
そこへ張獅も来て、ゼヴの様子を伝える。

「輸血は無事に終わった。
まだ意識は戻らないが心配ないだろう」
「……良かった……」

それまで張り詰めていたものが解けたように
小さく安堵の声を漏らすミリアム。
灰色の瞳を潤ませながら張獅に礼を述べる。

「本当にありがとうございました」
「お、おう……」
「ん? 兄貴もしかして照れてんのか?」
「バカ言うな! なんで俺がミリアムに……」
「血抜いたくせに顔が真っ赤だぜ」
「……うるさい!!」

張燕にからかわれて本気で怒る張獅。
それを見たミリアムは思わずくすっと笑う。

「やっと笑ったわね」

ミリアムの明るい表情が嬉しい張玲。

「さあ早く荷物をまとめなきゃ。
また敵が襲ってくる前に移動するのよ」
「どこへ行くつもりだ?」

妹に代わって兄の質問に答える張燕。

「ゼヴの同胞たちが潜んでる東の岩窟さ」
「[î狼ëWõÿ族]のアジト!?」
「ほかに行く場所があるってのかよ」
「その通り。彼らに助けを求めるしかない。
夜が明けたら出発しましょう」


*   *   *


「……つまり、貴様はまたしても
白鴉の捕獲に失敗したというわけだな」

サイラスの屋敷。
玉座に腰を据えた覇王の前で
小刻みに震えて畏まっているヨゼフ博士。

「言い訳があるなら聞いてやるぞ」
「サイラス様、ミリアムは我々の想像を超える
途轍もない怪物でございます」
「そうとも。私が創らせた至高の芸術品だ」
「ただの小娘と侮ってはなりません。
逃げ遅れた私の手下は全員殺されたのですよ」


「ミリアムを小娘と侮っていたのは
貴様じゃないのか?」



鋭い眼光で睨みつけるサイラス。
博士は慌てふためき口籠る。

「まあいい。とりあえず風呂に入れ」
「……は?」
「貴様ひどく臭うぞ。私の鼻が曲がりそうだ」
「そうでございますか……」
「ああクサい。本人は気づかないものだが
恥知らず特有の腐臭がする」

サイラスの皮肉を甘んじて受ける博士。

「うちの風呂を使うといい」
「いや、しかし……」
「遠慮するな。ユーリイに案内させよう」

主人の命令に従い
博士を促して退室するユーリイ。

「こちらでございます」
「バカにしおって。私は帰る。車を手配しろ」
「でも入浴していただかないと」
「ええい、やかましい!」

声を荒げた博士の額に
ユーリイが人差し指を押し当てて黙らせ
そのまま屋敷の外へ出て裏庭まで歩かせる。

「どうぞごゆっくり」

ニードルに変異した指先が博士の頭部を貫いて
天を仰ぎながら川の中へ転落した。


*   *   *


朝の柔らかな陽光が大地を照らし
岩陰に隠れていたトカゲがのそりと顔を出す。

「おいこら! 起きろ!」
「……ほへ?」
「寝ぼけてないで仕事しろってんだ」

岩山に築かれた砦で長銃を抱えて歩哨に立つ
双子の兄弟──ニッチモとサッチモ。
どちらも丸顔のずんぐりむっくりした体型で
見分けがつかないほど瓜二つである。

「オイラずっと起きてたぜ」
「嘘つけ。居眠りしてたくせに」
「寝てないってば」
「アジトを守る見張り役だってのによ」

相方の尻を蹴り上げるニッチモ。
サッチモも負けじと相方の尻を蹴り返す。

「ぎゃあー!」
「どうした? 敵襲か?」
「ほら、あそこ……トカゲがいる」
「なんだよ。びっくりさせやがって」
「あっち行け! しっしっ!」

トカゲを必死に追い払おうとするサッチモ。
ニッチモは我関せずを決め込む。

「お前も手伝えよ」
「嫌だね」
「さてはトカゲが怖いんだな」
「……ち、違うって……」

臆病者と互いに罵り合う2人。
そのうちトカゲはどこかへ消えてしまった。

「やれやれ」
「とんだ招かれざる客だ」
「おいおい、そんなこと言うなよ」

唐突に人の声がして
わかりやすく動揺するニッチモとサッチモ。

「おたくら[î狼ëWõÿ族]だろ?」

どこか滑稽な双子に話しかけつつ近づく張燕。
ミリアムや張玲たちも姿を現す。

小説7話_挿絵②_0214

「止まれ!」
「それ以上近づくと撃つぞ!」
「オレは張燕。[õ獅子L£©Ë族]の者だ。
おたくらに話があって来た」

長銃を構えたまま
怪訝そうに眉根を寄せるニッチモとサッチモ。

「ゼヴを知ってるよな?
おたくらの同胞であり、オレの仲間でもある」

張獅に背負われた意識不明のゼヴ。
ようやく少年に気づいた双子はあっと叫んだ。

「もしかして死んでるのか?」
「お前たちがゼヴを殺したのか?」

そうじゃないと答える張玲。

「命に別状はないから安心して。
でも彼を休ませてあげられる場所が必要なの。
だから助けてくれないかしら」

張玲の言葉を吟味するニッチモとサッチモ。

「なあ、どうする」
「これは罠かもしれんぞ」

なかなか警戒を解こうとしない双子に
ミリアムが近づいていく。

「……やい、止まれってんだ!」
「オイラたちが本気で撃たないとでも……」

ニッチモが言いかけたとき
サッチモの銃がいきなり暴発して
飛び出した弾丸がミリアムの頬をかすめる。

「お願いです。ゼヴを助けてください」

撃たれてもまったく動じない
謎めいた灰色の瞳の少女に見つめられて
ニッチモとサッチモはゆっくり銃を下ろした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?