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3分小説「白鴉」#8 砦のボス

小説「白鴉」は、リウとタフが登場する少年漫画「GABULI」とは異なる、もう一つの物語

#8 「砦のボス」


ゼヴの意識はまだ戻らない。

[î狼ëWõÿ族]が潜む岩窟の砦で
昏々と眠る少年を見守っているミリアム。
一昨日、彼女が移民街の安宿で目覚めたときは
ゼヴが見守っていてくれた──


「……やあ、気分はどう?
ここなら誰にも見つからないから安心しなよ」


「キミのそばを離れるなって
張燕に言われたけど、ひとりになりたいなら
ボク外へ出てようか」



あのときのゼヴの優しさが嬉しかったし
何より安心できたのだ。

「や、やあ……」
「お邪魔してもいいかな?」

不意に声をかけられてミリアムが振り向くと
先ほどアジトの見張り役を務めていた双子が
部屋の前で遠慮がちに立っている。

「さっきはごめんよ」
「……え?」
「本気で撃つつもりじゃなかったんだ。
いきなり銃が暴発しちまってさ」

平気だと答えるミリアム。
双子はほっとした表情でそばに寄ってくる。

「オイラの名前はニッチモ」
「オイラはサッチモ。よろしくな」

まるで競うように手を差し出して
ミリアムに握手を求めるニッチモとサッチモ。
彼女が順番に応じて挨拶を返すと
瓜二つの丸顔がはにかみ笑いを浮かべた。

「こらこら何してんだよ」

そこへ張燕が現れ
ミリアムに興味津々の双子を制する。

「ゼヴの様子は?」
「ずっと眠ったまま」
「そうか……」

サングラス越しに少年の寝顔を眺めてから
再びミリアムに向き直る張燕。

「この砦のボスがお前に会いたいそうだ。
オレと一緒に来てくれ」


*   *   *


自然が築いた岩窟要塞。
大小さまざまな穴が居室や貯蔵庫となり
[î狼ëWõÿ族]の堅牢な暮らしを支えている。

張燕に連れられて
ごつごつした岩肌の通路を歩くミリアム。
やがて青空の見える中庭のような場所に出た。

「ミリアム、こっちよ」

張玲が手招きして彼女のいる陽光の中へ進む。
するとそこに見知らぬ若い兵士が。


「あんたがミリアム?
どんな怪物かと思ったら拍子抜けだね」



その声にはっとするミリアム。
短髪で精悍に見えるが、どうやら女性らしい。

「あたしはジル。この砦の番人だよ」
「……あなたがボス?」
「いや、[î狼ëWõÿ族]のボスはあそこに」

そう言って頭上を指差すジル。
ミリアムが目をやると、背後にそびえる岩山の
切り立った崖にうごめく群れがいる。

「あれは……」
「野生のオオカミだ!」

張燕が叫んでようやく理解するミリアム。

「くそっ!」

咄嗟に長槍を構える張獅。
それを攻撃姿勢とみなした獣たちは
一斉に獰猛な唸り声を発して威嚇し始めた。

「これはどういうこと?」

張玲の問いかけにジルは平然と答える。


「よそ者を受け入れるかどうか
それはあたしらのボスが決める掟なのさ」



群れの中心にいたひと際大きな黒いオオカミが
崖を降りてミリアムを正面から見据える。
彼女を守るべく立ちはだかる張燕。

小説8話_挿絵①_0317

「ミリアム、早く逃げろ」
「私のこと試してるみたい……」
「えっ?」
「いま逃げたら受け入れてもらえないわ」

張燕が止めるのを聞かず
黒いオオカミに向かって近づくミリアム。

「よせ! 食い殺されるぞ!」

ミリアムに対して獣は牙を剥こうとするが
彼女の灰色の瞳に見つめられて
何か悟ったようにおとなしく身を伏せた。

「いい子ね。よしよし」

黒いオオカミを微塵も恐れることなく
あやすように撫でるミリアム。
獣の顔がゼヴに似ていると無邪気に笑う。

「……やれやれ……」

ミリアムの大胆さに呆れる張燕。
張玲が安堵の息をつき、張獅も長槍を下ろす。

「大したもんだね」

砦のボスを見事に手なずけた
不思議な力を持つ少女に感嘆するジル。

「一瞬でも目を逸らしてたら
あんたは今頃ボスの餌食だったかもしれない」


*   *   *


夜、ミリアムたちをもてなす宴。
またも双子が競って彼女に話しかける。

「飲み物は何がいい?」
「もっと食事を持ってこようか」
「ありがとう。えーと……」

瓜二つの丸顔を交互に見るミリアム。
どちらがニッチモでどちらがサッチモか
さっぱりわからない。

「オイラがニッチモだよ」
「オイラがサッチモだよ」
「ややこしいなぁ」

双子の会話に張燕が割り込む。

「2人まとめてドッチモにしろよ」
「何だと!」
「バカにするな!」

張燕の非礼を詫びる張玲。
ジルは杯を傾けて鷹揚に笑っている。

「でもさすが“白鴉”だね。
あたしらのボスを簡単に手なずけるなんて」
「……ふん、よく言うぜ。
オオカミに食わせようとしたくせによ」

悪酔いして絡む張獅に
杯の酒を勢いよく引っかけるジル。

「うわっ、何しやがる!」
「あんたの頭を冷やしてやったのさ」
「生意気な女め……」
「まだ酔いが覚めないなら
外で夜風にあたって立ち小便でもしてきな」

面と向かって睨み合う張獅とジル。
そんな2人をハラハラして眺めるミリアムに
張玲が説明する。

「[õ獅子L£©Ë族]と[î狼ëWõÿ族]は
数百年も昔から仲が悪いことで知られてるの。
うちのご先祖様が相手の娘に手を出したのが
諍いの発端らしいわ」

なるほどと納得するミリアム。
まるでシェイクスピア劇のあらすじみたいだ。


「ところで張燕、あんた101号室に
収監されてたって本当かい?」



ジルが唐突に尋ね、そうだと答える張燕。

「入ったら2度と生きては出られない。
そんな世にも恐ろしい“鼠捕り”から
どうやって脱獄したのさ」
「さあな。とにかく運が良かったんだ。
捕まったのはわざとだけど……」
「わざと?」
「ああ。当局の懐に潜り込んで
世界政府の機密情報を盗み出すためにな」


101号室──
その言葉にミリアムの胸がざわつく。



>>>

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ミリアムが母親セルマと暮らしたアパートも
思い返せば『101号室』だった。
ヨゼフ博士いわく当局が用意した部屋だと。


ほんの少しだが不自然に傾いたルームプレート
あれは何を象徴していたのか。



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「機密情報って?」
「全人類を狂わせる古代兵器に関してだよ」

張燕の話に固唾を呑む一同。

「その兵器は《太陽の瞳》と呼ばれていて
世界のどこかに眠っていることがわかった。
そして白鴉が鍵であることも……」

ミリアムを見つめる張燕。
すると突然、双子が頓狂な声をあげた。

「……太陽の瞳!?」
「それならオイラたちも知ってるぞ」


つい昨日のこと──
ニッチモとサッチモが歩哨に立っていると
白髭をたくわえた小柄な老人が
ひとりで岩山を登っているのが見えた。


どこへ行くのかと尋ねると
老人は太陽の瞳を探しに山頂へと答え
そのまま霧に包まれ消えてしまった……



「ヘンな爺さんだと思ったけど」
「太陽の瞳って言ったのは確かだよ」

双子の証言に目を輝かせる張燕。

「よし、オレたちも山頂へ行ってみよう。
その爺さんから何か聞き出せるかもしれない」
「私も行くわ」
「……えっ……」
「だって白鴉が鍵なんでしょ?」

逡巡する張燕を差し置いて
ニッチモとサッチモに道案内を頼むミリアム。

「私と一緒に行ってくれる?」
「もちろんさ」
「オイラたちに任せときな」

そのとき張玲が異変に気づいた。
別室にいたゼヴがふらりと現れたのだ。

「やっと意識が戻ったのね」
「いや待て。何か様子がおかしい」

ゼヴの状態を確かめる張獅。
よく見ると少年はまだ眠ったままである。

小説8話_挿絵②_0318

「心配ないよ。幼い頃から時々こうなるんだ。
いわゆる夢遊病ってやつ」

ジルの説明に驚きを隠せないミリアム。

「そっとしておきな。無理に起こそうとすると
魂が戻らなくなるからね」

眠ったまま覚束ない足取りで歩くゼヴ。
やがてミリアムに近づくとゆっくり身を屈めて
彼女が履いている靴の紐を解き始めた。

「……ゼヴ……」

少年の奇妙な行動から読み取れるメッセージ。
それはミリアムを行かせてはならないという
警告なのだろうか。

遠くで吠えるオオカミの声が闇夜をつんざき
ミリアムの心に響き渡った。



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