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洞窟の底の孤独の持ち主、安野モヨコ

安野モヨコの画業を振り返る展示を見た。
彼女のことを天才だと思う。どの系譜にも収まらない、かといってジャンル横断的な作品を描くのでもない。少女漫画や成人女性向けや青年誌や童話や、それぞれのフォーマットを理解したうえで、それまでそのジャンルのなかにはなかった作品を描いてしまう。
もっとも卓抜だと思うのは、よく練り込まれて含蓄深い設定や世界観、構図を持つストーリーなのではなくて、それが漫画として機能するために最適な紙面を構築できるセンスだ。大ゴマの入る見開きを描かせたら誰も並べないのではないか。ファッションスナップやアクション映画、一流の広告デザイン、抽象表現……そうした多様な文脈を含むじつに贅沢あふれるはじめて見るような画面を描く。そうまでしてもそれが平面である、というのがより凄い。映画監督や小説家や演出家がそれぞれの土俵でやっていることを、彼女は漫画でやっている。

彼女はいつでも人間の欲望を描き出す。描き尽くしている。欲望に囚われているのだと思う。大勢に認められたい。あいつを蹴落としたい。彼の心を手に入れたい。あんな素敵なひとになりたい。さまざまに異なる出自を持つわたしたちは、出会うことで摩擦しあい、傷つけ合わずにいられない。そのとき衣食住を得て尚、ときにはそれらすら代償に賭してしまうほどの、「生存」のための戦いがはじまる。「誰か」をめぐる戦いに勝たねば生きている意味がない。その生存欲求や闘争本能を、安野モヨコは深く、深く知っているのだろうと思う。

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