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巡りあってきた理由

事実は目に見えて
真実は目に見えない

人は目に見えるものを強く信じる傾向にあるのではないでしょうか。

目に見えないものは信じられない…

自分の目で確認できるモノ目で見て触れられるものは、自分ではっきりと存在を確認できるから
信じられ
目に見えないものはその存在をハッキリと確認出来ないから信じ難い。

それだけ人は、目で見て確認できる事をとても重要としているのだと。

人は、目で見て確認できない事に関して
不安という感情を持つように出来てるのだと思うのです。
実際に確認できない不確かなものに対して不安を感じるように。

それも確かで、目に見えないけど自分の体の中に蝕むものがあれば不安になるし怖くもなります。
よくわからないウィルスが流行る事も。


わたしたちは
目に見えている世界を優先し
目に見えている世界を全てだ強く思い
目に見えている世界で起きた事にとらわれてブレてしまい時にそれがずっと付き纏い、自分の心を振り回される。

自分の答えは外側にはなく
自分の心の中をよく見つめて
自分と沢山対話をして
心の中から湧き出てきたものが、自分が欲しいもの…
本当の求めてる答えなのではないでしょうか。

親しい人や周りの人の言葉や体験談の話は
自分が求めている答えを導き出すきっかけにはなると思います。

自分が求めてる欲しいものや答えは
自分の内側から感情として湧き上がってくるものなんじゃないかと、わたしは思うのです。

たくさんの人達と出会い、コミュニケーションを取り、本を読んだり体験したりして知識を得る事でより色んな角度からの答えを見つけ出せるかも知れません。
自分の感情を引き出すための欠片のような。

わたしはこれまで生きてきた中で
たくさんの場所や環境へ行き
様々な人達と出会い、コミュニケーションを取り
色んな本を読み、映画を見たり、ゲーム、音楽、展示…
会いたい人、やりたいこと、行きたいところ自分が望んでた以上に自分に体験させられたかなと思ってます。

そしてそれは今も続き、この先も。

それによって、自分が悩んだ時立ち止まった時立ち戻った時
自分と向き合い会話をした時に欠片たちをひとつひとつ見て思い出す。
そして、その時の自分が必要としてる答えを自分の心から引き出せると信じてます。

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