本気なら一番を目指すべき理由

どうも、おはようございます。
オッさんでございます。

今日は、いつも不真面目で、殆どサボってばかりの私が持つ持論を、お話していきたいと思います。



それは、本気で取り組むと決めたならば一位、もしくは優勝を目指さなければ意味がないということです。


皆さんは、何かに対して本気で取り組んだことはありますでしょうか?

どうしても、その分野で人よりも上に行きたいと思ったことはありますでしょうか?

実際に、人生のうちで、これだけは負けたくないと思えるようなことは、少ないと思いますが、スポーツをやっている方は分かりやすいと思います。

その競技が好きになればなるほど、多少なりとも強くなりたいと思ったことはあると思います。


しかし、それが本当に好きで、人よりも上に行きたいと思っているならば、一番だけを目指さなければ行けません。


昔、某国会議員が言った「2番じゃダメなんですか。」という言葉があります。



ダメです。2番を容認してしまうようなら、そもそも本気などではありません。



一番を目指して一生懸命努力し、その結果として2番になってしまったのなら、それはそれで良いのです。


そこには後悔があり、反省もあり、学びがあり、自分を見つめ直してさらに努力をしていくことでしょう。


しかし、「二番でも立派だよ。良くやったよ。」などと、その位置で納得してしまう(自分を慰めでしまう)ようなら、その先へを考えることがなくなってしまいます。


常に、一番になるための方法を模索し、行動することに意味があるのです。



私が言いたいのは、1番を本気で目指した過程にこそ、価値があると言うことです。


極論を言えば、本気で優勝を目指し努力をしているならば、一回戦で敗退したとしても、その試合には価値があります。

しかし、中途半端な気持ちで努力し、2位でも納得してしまうような人では、どれだけ勝ち、例え優勝したとしても、先ほどの一回戦で負けた人の方が価値があると、私は考えています。



世の中結果が全てだとよく言われます。


もちろんそれも正しいのですが、人として成長するとしたら、皆さんは本気で優勝しようとして一回戦で敗退した人と、なんとなく優勝してしまった人のどちらだと思いますか?


趣味や遊び、付き合いでやっている事ならば、どれだけ適当にやっても構いません。




しかし、自分でこうなりたいと本気で決めたのであれば、一番を、優勝を目指すべきだと、私は考えています。

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