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「涙鉛筆」(#毎週ショートショートnote)

立ち漕ぎで石畳の坂を登る。
もう一息というところで、いつも降りてしまう。
そこから自転車を押して坂を登る。吹き出た汗でシャツが張りつく。
夏ももう近い。

坂の向こうは海へとまっすぐ続く下り坂。
僕は自転車にまたがると坂を一気に下る。
さっきまで背中に張り付いていたシャツは、まるで飛びたいかのごとく
風をはらんでいる。
眼の前の海に浮かぶヨットの、そこだけ切り取られたかのような帆の三角が
時折パンと張ると、すいーっと滑るようにヨットが走る。

坂の終わりがけにある小さな喫茶店の前のガードレールと自転車を
ワイヤー錠でつなぐと真鍮製のドアノブに手をかける。
カランコロン。

僕はこの喫茶店に「涙鉛筆」を届ける仕事を続けている。
テーブルに置かれたペントレーにきちんと並ぶチビた涙鉛筆は、
悲しいエピソードを少しだけ淡く塗り替えたことだろう。
僕は手早く新しいものと取り替えると
マスターの挿れてくれたコーヒーの香りを楽しんだ。
シャツはすっかり乾いている。

[410文字]

『本作品はamazon kindleで出版される410字の毎週ショートショート~一周年記念~ へ掲載される事についてたらはかにさんと合意済です』

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