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◎あなたも生きてた日の日記㊵ ヒーローに求められるもの



およそ25年振りに、東京ドームへ行った。
後楽園駅に降り立った際にスタジアムを見上げて抱いた最初の感想は、「球場でかっ!」そして「こんなに大勢の人が野球を見に来ているのか…!」だった。

今年の初めに上演した『¡play!』というスポーツを題材にした演劇にも書いたけれど、私はこれまでの経験上、野球にあまりいい思いを持っていない。故に球場は長らく避けてきた場所だった。
ではなぜ今回出向いたのかと言うと、「もうそろそろ大丈夫なんじゃないか」と思ったことと、「現代の野球の試合というのはどうなっているのかな」という興味が湧いたからだ。

現代の野球の試合はどうなっているのかな、という問いの答えは、球場に足を踏み入れる前から知ることになった。
見ると、球場の外側にあるショップに長蛇の列ができている。マフラータオルを巻き、全身ユニフォームでキメたファンが興奮状態で順番を待っている。ショップ内にはかごいっぱいに選手のグッズ(お菓子とかクッションとか文房具とか)を入れた人々がレジの順番待ちをしているのが見える。

その熱気は、アイドルのライブ会場と見紛うほどだった。
素人から見るとただの背番号と名前が書かれたタオルなのだけれど、それを買い求めることが応援になっているようで、ぱんぱんにグッズが詰まった袋を持って出てくる人々はみんな楽しそうだ。
極めつけはショップの前に置かれたガチャガチャコーナーで、そこでは度々「ぎゃー!」とか「よっしゃー!!」と言った悲鳴や叫び声が上がっていた。それぞれに出てほしいお目当ての選手がいるらしい。何が出たか確認した瞬間、「えっ、いらねー!」と言っている人の手の中にいる選手が誰なのか、知る勇気はなかった。
すさまじい…そうか…推しだ…いま、球場は推し文化の激戦区になっているのか…恐れおののきながら球場に入る。


もちろん球場内もすごいことになっていて、フードコーナーには「〇〇選手とのコラボフード!」「〇〇選手も大好きなこのメニュー!」といった文言がついた食べ物がたくさんあった。その食べ物を持った笑顔の選手のポスターも貼られている。商魂たくましい…!

しかし、ここまで若干引いていた私も、試合が始まると人々の熱狂の理由がわかるようになった。とにかく運営側の演出がすごいのだ。

メンバー発表の時の大音量の音楽、電光掲示板の光の演出、DJの煽るような喋り、それは完全にショーだった。その演出に乗っかって走って登場する選手はさながら役者だった。
しかし、当たり前だが選手たちもポーズだけで場を盛り上げているわけではない。試合が始まると、遠目に見ていてもその身体がえらく大きいのがわかる。ミットに入る球の音で、投げた球にどれだけの勢いがあるのか察する。打ち上げた球がどこまでも高いのを見て、すごいパワーでバットを振っていることを実感する。今回誘ってくれた人が選手たちにとても詳しく、一人ひとりの成績やここまでの道を説明してくれるので、その輪郭はますますはっきりしてくる。

やはり人々があれだけ熱狂し、応援したくなる選手たちというのは、それだけのパワーやバックグラウンドがあるものなのだ。ヒーロー視してしまう気持ちが、その頃にはすっかりわかるようになっていた。

ただ、その日最も印象に残ったのは、こうした選手の輝かしい活躍の部分ではない。
ある選手の説明を受けた時に聞いた言葉だ。

「あの選手は元々すごい剛速球を投げていたんだけど、ケガしてから調子悪くて、リハビリ後は失速してしまってあんまり結果出てないんだよね」
「いい選手なんだけど、メンタルが弱いからなあ」

その一言を聞いて、びっくりした。
メンタル…!?
ファンは、選手のパワーや強い部分、結果だけ見ているのではないのか。メンタルの強さ、弱さも選手としての素質に含まれているのか…!

ヒーローに求めるものは、パワーだけではなく強靭なメンタルにまで及ぶ。
その背後に、私たちはいったい何が見たいのだろう。
帰り道、前を歩く人の来ているユニフォームの番号を見ながら、このユニフォームは果たして今後何年間、こうして着続けられるのだろうと思った。


(あなたも生きてた日の日記㊵ 身体感覚について⑪)