見出し画像

英会話について⑥「あなたの職業を尊敬してる」


とても評価が悪い先生だった。
オンライン英会話には受講生が先生を評価するシステムがあって、その人は5段階中3の位置にいた。受講した生徒のコメントを見ると、「なんだか機嫌が悪かった」「こちらの発言に積極的に返してくれず、会話が盛り上がらなかった」など厳しい言葉が並ぶ。


画面上の写真で見るその人は、短髪でさっぱりとした印象の女性だ。画像では笑っているけど、実際のところはどうなのだろうか…?
英語力に自信がないこともあって、普段はこうした先生はなかなか選ばない。しかし、その日は予定が直前までわからなかったこともあり、もう他に受講できそうな先生もほとんどおらず、「えいや」と思い切って予約してみた。


定時になって画面上に現れた先生の第一印象は、評価の通り(?)あまり愛想がいいと言えなかった。
「Hello.」と一瞬笑顔を見せて自己紹介してくれたものの、その後はむすっとした表情の会話が続く。クールな印象なので、真顔になると怒っているように見えるのかもしれない。年齢を聞くと随分上だった。


「今日は何を話したいの?」と言うので、フリートークをしたい、ちなみに普段は演劇を作ったりしていて、他国のアーティストと話したくて英会話を始めたのだ、と説明した…その時だった。


「え、今なんて言ったの?」


先生が突然前のめりで聞く。


「えっと、だから色々な国のアーティストを話してみたくて…」


何か、まずいことを言っただろうか。しどろもどろに答えると、彼女は間髪入れずまた質問した。


「あなた、演劇を作ってるの?」


こちらをまっすぐに見つめるので、「う、うん…まあ…」と返事をした。その時だった。


「何てこと!?本当に!?あなた、演劇を作ってるの!?こんなことってあるの!?!?」


画面の向こうで、興奮した様子で天を仰ぎ始めた。え…?私は状況が理解できず困惑した。何か言ってはいけないことを言ったのだろうか。でも、たぶんこの様子は…もしかして、喜んでる…?


「何てことなの!」と叫んでいる先生に、「何か気になることを言った?」と聞く。すると彼女は大きく深呼吸して(周りの空気を静めるようなジェスチャー付き)、こちらをまっすぐ見据えて言った。


「私は、あなたの職業の、すべてを尊敬しているわ」


一言ずつ噛みしめるように伝えられた言葉に、最初は理解が追い付かなかった。
私の、職業の、すべてを尊敬している…?
ぽかんとしていると、彼女は突然笑い始めた。


「ごめんなさい、私、本当に演劇が大好きなの。長年英会話講師をやってきたけど、あなたみたいな人と出会えたのは初めてよ」


そういうことか!驚きつつもホッとして、肩の力が抜ける。「演劇をやっていたの?」と聞くと、とんでもない!と驚いた顔になった。


「私は観る専門。だから、あなたみたいに演劇を“作る”立場にいる人を、本当に、心から尊敬してるの」

その後は、どんな脚本を書くのか、どれくらいの規模の作品を作るのかなどたくさんの質問がひっきりなしに飛んだ。一つひとつに答えているうちに、段々と疑問が浮かんできた。

「あの、ちょっといい?どうしてそんなに演劇が好きなの?」

彼女は両掌を合わせて言った。

「高校生の時に伯父に演劇のチケットをもらって初めて劇場に行って以来、何度も人生を助けてもらった。本当に、何度も。何度もよ」


その様子を見て、私はしずかに感動していた。
こんなに真っ直ぐに、演劇が自分の人生に必要だという人に、会ったことがなかった。一言ひとことが心にじんわり沁みていく心地がした。
「そんなこと言われたのは初めてで、とても嬉しい」と伝えると、「どうして?」と言葉が返って来る。彼女の率直な言葉に応えるように、一度も口にしたことがない思いがぽつり出てきた。


「きちんと考えたことがなかったけど、私は、演劇を作ることに後ろめたさがある。それはたぶん、日本の社会は【会社に勤めてしっかり働くのがスタンダード】で、こういう仕事は遊びの延長だと思われるからかもしれない」

「もしくは」
少し考えて付け足す。

「そう周りに思われてるって、私が思い込んでいるのかもしれない」


すると彼女は、「絶対にそんなことはない」と言う。
聞くと、自分の国は言語規制が厳しく、社会を批判するような作品は上演できないのだと言う。そんな中で規制に抗って社会批判のメッセージを伝える作品を果敢に作っている劇場もあって、その人たちがいることがどれだけ心の支えになっているか、と力説した。


その後も【なぜ日本人は歌舞伎を観に行かないのか】とか【チケット料金はどうやって決めているのか】とか【今まで観た中で一番感動した作品は何か】など、思いもよらなかった会話をたくさんした。

終盤、「実は、あなたの評価が結構悪いから、レッスンまでの時間にとても緊張した」と正直に打ち明けた。彼女はげらげら笑いながら、
「やっぱり人間だから、お互いの心が動かなければ楽しい授業はできないわね」
と言った。


たまに勇気を出すと、こうやって思いもよらない人と、思いもよらない方向で打ち解けられることもある。そのことを久々に実感した時間だった。



(あなたも生きてた日の日記⑮:英会話について⑥)