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英会話について③「演劇のおもしろさを教えて」


英会話の予約ページを開く。日時を設定し、一覧から先生を選ぶ。
私が先生を選ぶ時の基準は、「まだ話したことのない国の先生」、「講師歴が長い先生」、「直感で話してみたい!と思った先生」の3つだ。あとは受講生の感想とか、プロフィールなどを見て決める。
様々な国の先生と話したい理由は、それだけたくさんの文化を知ることができるからだ。

自己紹介からの流れは毎回なんとなく決まってくる。
名前、年齢、英会話を始めた理由、どんなことを話したいか。
この「どんなことを話したいか」を設定する時に「今日ビジネスシーンを想定して話しましょう」とか「お店に来たシチュエーションをやりましょう」など決めてくれる先生もいるのだけれど、中には全部こちらに投げてくれる人もいる。最初はこの質問が「フリートークって言って結局あなたは何を話したいのか」と詰められているようで怖かったのだけど、しばらく経ってようやくつかめて来た。盛り上がる質問が見つかったのだ。

それは「最近興味のあることはなに?」というものだった。

この質問をすると、結構な確率でぱっと顔が明るくなり、すらすらとその人の興味関心が語られる。

「最近は、料理にはまっている」という先生は、バナナの葉にお米をくるんでうまく炊く方法や(間に隙間をつくらないのがコツらしい)、出身地域の伝統料理のことを教えてくれる。

薬剤師になるための勉強をしている先生は、合間にサバゲ―をするのが趣味だという。休息のつもりでやっていても、ゲーム中のキャラクターが傷を負うと、その処置や薬のことを考えてしまうんだよね、と笑う。いつでも、どこか頭の隅で医学のことを考えているようだ。

「最近この国でも進撃の巨人の新シーズンの配信が始まってさあ!」と興奮気味に話す先生は、こちらが見てないとわかると「正気!?絶対見ろ!見てないなんて信じられない!見た方がいい!絶対に見て!」と繰り返すので笑ってしまった(ちなみに、日本のアニメのことをほかの国の先生から教わるのはおもしろい。説明を聞いてから見ると予想以上にあるキャラクターに肩入れしているのがわかったり、実際よりも熱を持って見たりしているのがわかる)。
自分の興味関心について話している顔がいい顔なのは、世界共通なのだと思う。

そんな風にふんふん機嫌よく聞いていたら、つぎはこちらに質問が返って来る。

「あなたの趣味は?」

ううんと、と迷った後、最近こんな本を読んだよ、とか、こんな映画を観たよとかその都度つたない英語で色々言うのだけど、その中で最も印象に残っているやりとりがある。
それは、私が「最近演劇を観に行ってね…」と話した時のことだった。
20代前半の女性の先生が、少し困った顔でこう言った。

「私って、日々の中で【演劇を観に行く】っていうことがないんだよね」

そうかあ、そういう人もいるし、むしろ日本でもそういう人が大半だと思う、と返事をすると、突然彼女がぱっと閃いた様子で言った。

「演劇って、どういうところがおもしろいの?演劇のおもしろさを教えて」


え、と思った。
その質問を受けて、完全に固まってしまった。文字通り、突然ひとことも言葉が出て来なくなったのだ。

もちろん、いまの私が思っている「おもしろさ」みたいなもので、ぱっととりつくろえたのかもしれない。それを答えればよかったのかもしれない。人が人の前で何かを演じていて、それを見ていると、何だか自分に置き換えて見たり、人生を反芻したり、考えがどんどん広がったりするんだよ…

でも、画面越しの彼女もそう感じるだろうか?
演劇を観るという習慣のない、おもしろさを教えてほしいと言う彼女に、演劇にずっぽり片足突っ込んでいる私が魅力を話すことに、どれだけ意味があるんだろうか…?むしろそれは彼女の中の何かを勝手に固めてはしまわないだろうか…?

結局、どう答えたのか覚えていない。
ただ、英語どうこうの問題じゃなく、全く喋れなかったのだけは記憶している。

この日からずっと、「演劇のおもしろさってなに?」と、誰かに真っ直ぐな目で問われ続けているような気がしている。
異文化体験というのは、結局自分に跳ね返ってきて、しかも自分の中ではとっくに処理しきれていたと思っていたところに、すすっと入ってくる。

使う言語どうこうもあるけれど、自分の中の言語化できていない部分を掘り起こすことも、英会話のひとつの醍醐味なのだと気付いた印象的な出来事だった。


(あなたも生きてた日の日記⑫:英会話について③)