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どこだれ⑦一生をかけた作品をもらう


どこかの土地に滞在して、いっとき親しくなったとしても、作品をつくって発表してしまえば呆気なくそこを去る。

最初のうちはそのことを後ろめたく思ったりしたものの、繰り返すうち「この位の付き合いが丁度よかったのだ」とか「同じように聞くべき話があるならそちらに足を運ぶことも大切なのだ」と思うようになった。
ただ、忘れ去ってしまうのかというと勿論そんなことはなく、どこか別のところを歩いていても「今日もあの人は駅にひとり座っているのかなあ」とか「山を歩きながら観光客をご案内しているのかな」とか「あの広い畑は少し春めいて来ただろうか」などと考えてしまう。

考えてしまうだけでなく、実際にやりとりを続けている人もいる。幾人かに、戯曲やコラムを製本した際に挨拶代わりに送っているのだ。同封する手紙には、お元気ですかと様子を尋ねる。すると、米農家の方は精米したてのお米を、料理上手な方はジップロックに入ったお惣菜を、百姓の方は自分の畑で取れた野菜を送ってくれるようになった。
送って下さる品物には「こんなものですが」と謙遜する一言が添えられている。とんでもない、と思う。こちらは腹もふくれない自作の本を送っていだけなのだ。何だか悪いなあと思いつつ緩やかに交流は続いていた。

昨年の年末、岩手県宮古市に滞在した際に、市場に行くと新巻鮭が並んでいた。正月も近いので、昆布やわかめなどを過去の滞在先で親しくしている方々に送った。すると、随分喜んで頂けたようで、各所から「お礼送るね」と連絡があった(海に近い場所に滞在する時は、山深い場所にいる方に海のものを、山深い所にいる時は、海近くにいる方に山のものを送ると大層喜んでもらえるようだ)。

楽しみに待っていたら、開けてびっくり、やはり旬のものはどこでも被るようで、各所のりんごが計15個と、特大の自家製餅が計4つも集まってしまった。食卓が一気にりんごのよいにおいに包まれた。
食べ切れるかなあと心配していたのだけど、意外や意外、正月中に難なく平らげてしまった。りんごをいくつか一人暮らしの友人にあげたものの、毎日食べても飽きることが全くなかった。なぜなら、同じ食べ物でも、土地や作る人によって味わいが全く違っていたのだ。

りんごは、しゃくしゃくと軽い食感のものから、しっとりとした歯触りのものまで、産地によって全く異なっていた。同じりんごでも、煮崩れしないものや、焼くと甘さが増すものなど適した調理法があることも知った。

お餅は各家庭でついたものを送ってもらっていた。小さなエビが入ったもの、ヨモギを混ぜ込んだものは焼くと香りが大変よかった。白餅も市販のものとは伸びが違うようで、焼いても煮ても大変美味しかった。自分で育てたお米で作ったお餅だったそうで、お餅の形になるまでの果てしない道のりを思った。土地を耕し、日々天候を見極めて水の量を管理し、虫と戦い、収穫時期を決定し、ぶじに収穫したお米を、蒸かしてとんとんと突く。丸めて畔通しのよい場所で乾燥させ、程よい形にして送る。
今目の前に在るお餅の形になるまでにあった、何百もの判断を想像した。その人でなければ、決してこのお餅はできなかったのだ。

そう考えると、これはまるっきりその土地や、その人にしか出来ない集大成なのだと思った。もしやこれこそが、「作品」なのではないか。
その時、これまでのやりとりにくっきりと輪郭が現れた気がした。私たちはずっと「作品」を送り合ってきたのだ。
百姓や主婦と名乗る人が、一年、もしくは一生かけた作品を送ってもらっていたのだ。

そう気づいた時、「じゃあ私は?」と思った。これまで、しっかりとそれと釣り合うような作品を送れていただろうか。
これまでに滞在したすべての場所を思い出す。もらったものは、何も食べ物だけではない。言葉や知識、経験など目に見えないものも沢山ある。
その先々で頂いたものに恥じないように、ますます精進しなければと思った年始だった。