読了 『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』 町田そのこ

 一つ前の投稿でもこの本を話題にしたけれど、最近出会った本の中でもかなり衝撃を受け、感動した本なので、また語りたいと思います。

 連作短編集であるこの本の登場人物たちは皆一様に、「ここ」で生きるのが辛かったり、苦手な人たちです。「ここ」ではないどこか、自分が息ができる場所を夢見つつも、「ここ」でしか生きられない人、「ここ」を出て、自分が息ができる場所を探しに行く人、いろんな人がいます。作者は、そうした人たちの生き様を、物語をさらに面白くする「仕掛け」も織り込みつつ、繊細に、鮮やかに描きます。わたしが一番好きだったのは、「溺れるスイミー」でした。

 「ここ」ではないどこかに行きたい、息苦しい、全部捨てて新しい場所で一から生きていきたい。わたしは、大学生になってからそう思うことが本当に多くなりました。はたから見れば、わたしの境遇は本当に恵まれていると思います。家族仲はいいし、大学にも行かせてもらっているし、サークルにも入っていて友達もたくさんいます。だけど、たまに無性に息苦しくなるし、もう全部やめたい、何もしたくない、どこか遠くへ行きたい、と思うのです。ずっとそう思っていたわたしにとって、登場人物たちの心の叫びは本当に生々しく、手に取るようにわかりました。物語に出てくる彼ら、彼女らの境遇は、わたしよりも圧倒的に厳しいものです。わたしが共感するなんて烏滸がましいと思うほど、彼ら、彼女らは厳しい、逃れられない境遇の中で生きています。けれど、その中でも「ここ」で生きていく覚悟を決めたり、または自分が生きられる場所を求めて旅立ったり、絶望の中で一筋の救いを見出し、自分の人生を変えていくのです。

 彼らの物語を見ていて、悩んでいた自分が救われたような気がしました。わたしは、「ここ」で生きていくことを選ぶタイプだな、と思いました。中途半端に強い責任感や、友達への情、あとは、「ここ」を捨てることへの恐怖。そんなものたちでがんじがらめのわたしは、悩みながらも、少なくとも大学生の間は大きく環境を変えることはなく、生きていくんだろう、とこの物語を読んで思いました。わたしが囚われているものは、ちっぽけだ、そう思っていました。そんなものたちのために、動けなくなっているのはだめだ、ずっとそう思っていたし、思い切って「ここ」を飛び出せないわたしが、わたしは嫌でした。だけど、この本は、「ここ」で生きていく人のことも肯定してくれました。肯定と言えるのかはわからないけれど、そうして生きていく人もいるし、そういった人が決して不幸には描かれていない。苦しいとわかりつつも、「ここ」で生きていくことを選び、その生は決して苦しみや辛さだけではない。

 解説を書いた、吉田伸子さんの文から引用です。

 どんなに「どこか」に焦がれようと、「ここ」で生きることを、選び取る。それが魂が引き裂かれそうなくらい辛いことだとしても、自分の「ここ」に踏みとどまる。
 どちらが良いとか悪いとかでは、ない。ただ、転がるような生き方しかできない人もいれば、どうしても転がれない人もいる。けれど、どういう生き方を選んだとしても、奇跡のような瞬間が訪れることが、きっとある。その瞬間を心の糧として、人は生きていく。生き続けていく。

 本当にこの通りだと思います。この本は、誰もが感じているし、実際に存在する生きることの辛さ、しんどさ、不条理さを残酷に描きながらも、「奇跡のような瞬間」をとても鮮やかに描きます。だからこそ、共感できるし、登場人物たちが「奇跡」に出会った時に、涙が出るほど感動します。彼らが救われると同時に、わたしも救われるのです。これこそが、この本の魅力だと感じました。

 生きづらさを抱えている人、人生が今辛い人全員に読んでもらいたい一冊です。

 

 


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