笑福亭鶴瓶論
テレビのBIG3といえば、明石家さんま、ビートたけし、タモリの3人ですが、同世代の大物芸人はもちろん、ダウンタウンやナインティナインなどの後輩芸人、そして元Smapの中居正広さんらからもイジラれ続け、笑わせているというより常に笑われている存在の笑福亭鶴瓶さん。他の言い方をすると、常に負け続けているにもかかわらず、鶴瓶さんは無傷。テレビの生中継でポロリしてしまっても干されることなく、それどころか相手を光らせれば光らせるほど存在感を増している。そんな鶴瓶さんの生き方から人生哲学を学ぶ!?のが今回の推薦書“笑福亭鶴瓶論”です。
“はじめに”の中で、鶴瓶は常々自分が「性善説」に立っていると語り、タモリは鶴瓶のことを「自閉症」ならぬ「自開症」と診断しているとあり、誰に対しても心を開き続ける鶴瓶はまさに、“病的”である綴られている。
鶴瓶は、他人を信じている。それができるのは、誰よりも自分を信じているからではないだろうか。多くの人が他人を信じることができないのは、即ち、自分を信じ抜くことができないからだと。
本書では、彼の生き方で一貫しているキーワードは“スケベ”であると様々な視点で解説されていきます。
糸井重里氏は、「鶴瓶さんがスゴいと思うのは、災いの方に向かっていくところ」と語っており、ある時、本人主催のライブ会場に向う途中、車から降りると、若い男がパジャマ姿の女性を引きずり回していた。周囲の人たちは遠巻きに見ていたが鶴瓶さんはその人垣をかき分けて中に入っていくと、二人を引き離し、男に事情を聴き始めたという。普通、芸能人がこういう場面に遭遇すると、それに関わるのを躊躇しがちだが、鶴瓶さんは放って置くことができない。「しないで見過ごしてしまうことの方が疲れる」とあるインタビューに答えていて、面倒なことに首を突っ込んでしまう癖があると分析されていた。自ら面倒で危険な“災い”に向かっていく。けれど、自分からそこに向かっていけば、受身が取りやすい。明石家さんま氏が好きな言葉、モハメドアリの「わざと打たせたボディは効かない」が紹介されていて、鶴瓶さんの生き方はまさにそれに通じている。
“距離や角度を変えれば違った面が見えてくる。”という中で、「一ヶ所だけ切り取って見てしまうと嫌なヤツやけど、そこからちょっと離れて見てみたら、こいつごっつい才能あるな、ということが、けっこうあるんですよ」とテレビ番組で答えている。だから“災い”と同じように、苦手な人にあえて近づいていく。鶴瓶さんの好きな言葉に「ネアカ元気でへこたれず」がある。「やっぱり明るい気持ちでないと。暗いものって、へこたれてしまうんです。」と。人は暗いものや嫌いなものに目が行きがちになり、それを批判したり足を引っ張ったりする。それは自分より不幸なものや、無条件で批判できるものを見るのは楽だから。
「嫌なことより、やっぱりね、いいことの方が強いですよ」人間は愚かだ。けれど、その愚かな部分こそおもしろいと鶴瓶さんは言っている。
そんな鶴瓶さんは落語の師匠である、笑福亭松鶴師匠から落語について一度も教わったことがないそうで、「なぜ師匠は落語を教えてくれないのか。その“なぜ”を、いい年した人間が絶えず自分の中で自問自答して、自分なり答えを出すのが修行なんだということに気がついた」とインタビューに答えている。
生まれ変わったら誰になりたいかという質問に、ダウンタウンの松本人志さんは「鶴瓶さん」と答え、鶴瓶さんをこう説明している。
「仙人みたいな人。ボクシングで言うと「殴ってこい」と。俺、ボッコボコにすんねんけど勝った気がしない。なんなんでしょう、あの人。お釈迦様みたい。」
遊ばれているようで、遊ばせている懐の深さ。なかなかマネできません。