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パレスチナに纏わる音楽【エレクトロ/アンビエント編】

ごく個人的な趣味を、独断と偏見をもって紹介する。


Sama' Abdulhadi

しばらく前からSama' AbdulhadiというDJに魅了されている。パレスチナのテクノシーンを牽引するような存在らしい(Wikipediaほか)。
個人的に特に以下のDJセットが好きだ。"STRAIGHT OUTTA PALESTINE"(パレスチナからそのまま出てきた)というスウェットを途中で脱いだら、下にはバンクシーのパロディーデザインのタンクトップ(ヘッダー画像参照)を着ているのが分かる。ファッションでの直接的な主張が思い切りよくてかっこいい。

(2018年3月15日更新:ヘッダー画像出典)

他にも、Boiler Room(ロンドン発で世界のクラブシーンを配信するプロジェクト)企画のヨルダン川西岸でのライヴはめちゃくちゃ湧いていた。

(2018年9月30日更新)

ファンの支持が厚いことが分かるが、嘆かわしい事件もあった。2020年12月、ある企画でSama'がプレイしていた音楽イベントの会場が宗教的とされる場所だったことが一部の市民の反感を買い、彼女がその責任を問われ自治政府に逮捕された。事前に書面で観光庁の許可を得ていたにも拘らずだ。彼女の釈放を求める署名には10万人以上が集まり、8日間の拘束を経て2021年年明けに移動制限など条件付きで釈放された(注1)。Sama'の父親は「自治政府はストリートの怒りをどう制御していいか分からなかったようだ。だから彼らが過ちだとみなした問題のスケープゴートとしてSama'を利用した」と指摘している(注2)。

パレスチナの人々は、イスラエルの占領だけでなく自治政府の腐敗にも苦しめられている。きっと音楽は日々の抑圧から解放してくれる重要な文化手段なのだと思う。

Sama' Abdulhadi 公式インスタグラム

SoundCloud

(*以後の引用は一部攻撃的ないし性的な表現を含みます。)

Muslimgauze

イギリス、マンチェスター出身の早逝のミュージシャン、Bryn Jones(1961 - 1999)のソロプロジェクトMuslimgauze。アラビア文化圏、特にパレスチナの影響を受け数々の楽曲をつくった。彼はパレスチナに訪れたことはなかったが当地に憧れを抱き、独自の感覚で土着の楽器を奏でてみるなど実験を重ねた。

Muslimgauze 公式ウェブサイト

1983年インタビュー


Fat White Family

同じくイギリスより、Fat White Familyが2019年にリリースした《Feet》という楽曲は、シンガーのLias Saoudiがある小説から着想を得て作詞したものらしい。その小説とは、1970年代ヨルダンの難民キャンプで暮らすパレスチナ人戦士を描いた、ジャン・ジュネによる『恋する虜』(Prisoner of Love / Un captif amoureux)である(注3)。

[…]
あそこまで連れて行ってくれるのか?
舵を取ることができるのか?
満ち足りた約束で  私を叩きのめしてくれ
私は祈り(pray)  打ち勝つ (prevail)
私の難民は芝の下で  激しく動機を打つ  
男の心奥深くでは  すべての忠誠心が溶けて
見知らぬ者の心奥深くでは  必要性が赦免する

[Chorus]
脚よ
今は私をがっかりさせないでくれ
脚よ
今は私をがっかりさせないでくれ

[…]
こいつは十字軍に従事
こいつは仕事で身動きが取れない
お前の子ども達がふくらんで  私の海岸に打ち上げられればいい*1
コーカサスの刺身は「砂のニガー*2」の嵐に

[…]

[Bridge]
お前が歩き続けるとき
明るい、私の肌の白い謝罪に向かって

[Chorus]
脚よ
今は私をがっかりさせないでくれ
脚よ
今、私をがっかりさせないでくれ

原語 Genius 参考

*1: 2015年のシリア難民に言及していると思われる。
*2:(sand nigga)アルジェリア出身のLiasが自身に向けられてきた差別用語を流用したという(注3)。

そしてFat White Familyは今年『Forgiveness Is Yours』(許しはあなたのもの)というアルバムを出した。先行シングルの《Bullet of Dignity》(尊厳の銃弾)ではアラビア調の音階が使われており、歌詞は一部パレスチナ問題に言及しているように聞こえる。

(2024年1月24日更新)

以下は個人的読解である。

君はまだ31歳だって
人喰い歴ではいったい何歳?
俺らは一番ダラけた韻になる
言葉は対になって歩いてきたから*1
ヤバいほど遅れを取ったなら
どこか他に建てればいい
尊厳の銃弾

郵便受けにある溶けた顎
希望なき至福の擁護者
致命的な風刺画*2
自殺のためのカセット
カネ 恐れ アロマ
強固な慈善はため息をつく
尊厳の銃弾

君はまだ41歳だって
人喰いの涙ではどう数える?
そう、すべてはうまく行っているように見える
でもすべての対話は吹き替えられている
エコ政治の恐れは
寝室サイズに型どられたベッドに
尊厳の銃弾

原語 Genius 参考

*1: ただの偶然かもしれないが、ヘブライ語の名詞の文法には「双数」という形があり、都市名「エルサレム(イェルーシャライム)」はその形を取るらしい(注4)。
*2: 2015年シャルリ・エブド事件の暗喩?

上記のミュージックビデオには数カ所で赤いポピーが散りばめられている。イギリスでは戦争の犠牲になった兵士を弔うために、11月の第一次世界大戦終戦記念日のころは胸に赤いポピーのバッジを着ける人が増える(注5)。度々挿入される赤い食肉は荒々しく扱われるが、色や形がポピーと重なる。兵士のコスチュームも含め、これらは「戦争」という現象をこき下ろし、逆説的に反戦を訴える構成と見ることができる。他にも宗教的なイメージなどが織り込まれており、解釈の余地を残す内容だ。

この楽曲をリリースする際、レコード会社からラジオ版はタイトルを "Dignity" に変更するかもしれないと告げられたそうだ。"Bullet"「銃弾」という言葉は戦争を想起させるためラジオではかかりにくいとの懸念からだった。最終的にはオリジナルタイトルで事なきを得たが、以下はこの件に関するインタビューのやり取りである。

Lias:「8人くらいの、家のローンを組んでるような良い大人が、社会人たちが、ロンドンの会議室でそんなことを議論するなんて! 北部出身の誰かがRadio 6でその言葉を口にするかどうかとか。まずもってクソほど時間の無駄だし、いったいどこに線引きがあるんだ? そんなことが議題になるなんて」 
インタビュアーA:「戦争の渦中にいたら誰も "銃弾" という言葉を口にすることにそんな神経質にはならないはずですよね。それはそこらじゅうにあってむしろリアルなんだから、実際の戦争にいたら。遠くで起こっている戦争じゃなくて」
インタビュアーB:「そんなことを言い出したら "dignity" って言葉だって尊厳死と関連付けられて問題になり兼ねない。いっそ "Of" っていうタイトルにすればいい」
Liasはこれに「"コンマ" とか "セミコロン" とかね」と反応しつつ、イギリスの音楽界における自粛ムードを嘆いた(注6)。

Fat White Familyは、バンド名からも分かるように「白人」という人種を自虐的に捉えている(注7)。彼らは過激なタイトルや歌詞、パフォーマンスで度々物議を醸してきた。フロントマンであるLiasと弟のNathan Saoudi(キーボード)が、イングランドに移住するまでにアルジェリア、北アイルランド、スコットランドと、ある意味政治的な土地で子ども時代を過ごしてきたこともその特異な表現と関係するのかもしれない。複数のルーツを持ったSaoudi兄弟率いるFat White Familyの楽曲が(放送禁止用語を含まないのであれば)ちゃんとラジオで放送される、自由なイギリスであってほしい。

Arab Strap 

スコットランドのベテラン・デュオArab Strapも最近新譜をリリースしている。その名も『I'm totally fine with it👍 don't give a fuck any more👍』(全然大丈夫👍 てかもうクソどうでもいいし👍)。

1曲目のAllatoncenessは "all at once" を繋げて名詞にした造語。「今すぐ感」といった感じだろうか。ソーシャル・メディアの乱雑なテクスト文化とそれに翻弄される現代人を冷笑しているが、これも一部中東情勢を歌っているように読み取ることができる。

(2024年2月27日更新)

[…]
奴らは君の注意をひく
陰謀論者、個人情報を晒す奴ら、自己正義と自流で固めた背教者
奴らは君の注意をひく
調教する者、ペテン師、奴らはみんな自分なりのリサーチをしたようだ
奴らは君の注意をひく
反感に満ちたオタク男子ら
ナチスや強姦魔が物販で稼ぐ間に

[Chorus]
このあらゆる巧みな刺激、抑圧、誹謗中傷
俺が暴動を起こすかって?  泣き叫ぶかって?
代わりに俺はここで  クソほど何も感じずに座ってる
村のお堂は一日中燃えてる  それに誰ひとり誰も周りを知らない*1
勝つためにプレイする  虐殺するために来た*2
なら来いや 
対マンで

石をしゃぶりたい

海の塩を味わって、木の腕のなかに頭を休めたい
小川で泳ぎたい

足の指先を泥に押し込んで、果実や蕾を摘みたい


野草を食べたい

ハコベを噛んで、ノーフォークのアシに横たわりたい

小川のそばで服を脱ぎたい 

[…]

[Bridge]
(わたしをつかまえて、わたしをころして
 わたしを抱きしめて、わたしを買って
 1ヶ月間は無料です、わたしをお試しあれ)

でも奴らは俺の注意をひく
ペーパーレスの説教壇で
そして俺は腹ペコで奴らの餌を飲み込む
奴らは俺の注意をひく
三又と、真実の爆弾と、サイドバーと、放屁に、ヘイト

奴らは君の注意をひく
でも奴らが君に注意することはない
奴らはみんなの注意をひく
そして奴らはマジに、マジでディズニーを憎んでる*3
奴らは俺の注意をひく
そして俺はそれが好物みたいだ

原語 Genius 参考

*1: 関連性はないかもしれないが、ヨルダン川西岸のイスラエルによる不法な入植や蛮行のイメージが浮かんだ。
*2: パレスチナのこととは限らないが、近現代のあらゆる不条理な暴力を想起させられる。
*3: ディズニー・チャンネルはイスラエルのテレビ局であり、親会社のディズニーもイスラエルに支援金を拠出している(注8a, b, c)。イスラエル・ボイコット(BDS)の対象企業のひとつであるが、これを揶揄するような表現には、個人的に少し戸惑った。おそらくArab Strapはどの立場にも立たず、ネット上で目に付くあらゆる「トレンド」に苛立っているのだろう。投げやりなアルバムタイトルからも察するに、混沌とした今日の情勢すべてに辟易していると考えられる。

ちなみにこの楽曲は放送禁止用語が入っているので、ラジオでは端(はな)から流れない。

おまけ

イングランド南西部ブリストルのボス的存在、Massive Attackはツイッターで頻繁にパレスチナのことを発信している。今回の総選挙の前にはこんなチェックリストを提示していた。これを見る限りは残念ながら労働党もあまり期待できないのだろうか、保守党よりわずかにマシなだけで……。

しかし即時停戦すら求めない保守党が大敗したことはひとまず祝うべきことかと。以下はノッティンガムのSleaford Modsのポスト。

パレスチナ問題の大きな種を蒔いたと言える英国の動向と(日本もあらゆる側面において当事者だが)、音楽シーンの反応を今後も注視したい。

注・参考資料

注1:『Sama’ Abdulhadiが監獄から釈放される』Beatportal. 2021年1月3日更新

注2:『パレスチナ人DJ、Sama’ Abdulhadiが西岸のBeatportのイベントの後、監獄から釈放される』Billboard. 2021年1月4日更新

注3:『Fat White Family:「俺たちは全員、深刻なドラッグやアルコールの問題を抱えていた」』The Guardian. 2019年5月9日更新

注4:笈川博一『物語 エルサレムの歴史 ー 旧約聖書以前からパレスチナ和平まで』(中央公論社、2010年)電子書籍サンプル版22-25%

注5:軍隊支持の意味合いも帯びるため、より純粋な平和主義を意味する白いポピーを身に着ける人もいるようだ。Sleaford ModsのAndrew Fearnは自身らのアルバム『English Tapas』のジャケットでそれを実践している。

注6:

(2024年1月30日更新)

注7:一方でLias Saoudiは移住を繰り返す過程で人種差別を受けてきたため、一般的に「白人」とされる人々とは感覚が異なるようだ。

注8a:

注8b:『ディズニーがガザでの戦争におけるイスラエルの支援グループに2百万ドルの献金を表明し、ネット上で激しい怒りを買う』The New Arab. 2023年10月15日更新

注8c:ちなみにFat White Familyの2014年のアルバム『Champagne Holocaust』には《Bomb Disneyland》というかなり過激な内容の(アルバムタイトルしかり)楽曲があるが、その真意は謎である。

関連:Brian Destiny
LiasがFat White Familyを「安定させてくれる存在」と評価する弟のNathan Saoudiは、Brian Destinyというバンドにも取り組んでいる。Brianという名前は彼が北アイルランドで過ごした10代のころ、はじめて自分では「下手くそ」で「嫌い」と思っていたギターを褒め、音楽的に励ましてくれた友人に由来するらしい。ちょっといい話。

(2021年12月2日更新)

*当記事における歌詞やインタビューなど引用部分の日本語はすべて筆者による翻訳・解釈であり、個人研究を目的とします。
*各作品および歌詞などの権利はその作者・演者に帰属します。
*当記事において、アルバム名は『』、楽曲名は《》を用いて表記しました。
*I don't own any rights to the original works quoted above.

(以上、約5,700文字)


最後まで読んでくださり多謝申し上げます。貴方のひとみは一万ヴォルト。