The First Big Weekend - Arab Strap

 スコットランド労働者階級の飲んだくれ週末を見事に再現した音・ビート・言葉・訛りに初めて聞いたとき(色んな意味で)震えた。木曜の夜から日曜の夜が明けるまで、パブにクラブに友達の家に…、何軒ハシゴすんねん。

言葉の読解・要約

・木曜:誰も大金を獲得することのないパブクイズ/(元カノと思しき)ジーナの今カレにいい人ぶろうとして後悔

・金曜:友達と連れ立ってグラスゴーのライヴ会場 The Arches へ向かう - 一台の車に乗り切らず電車とで分かれて行くがライヴには遅刻/パブでラリって金髪の女の子と踊る/24時間営業のカフェが気に入らず友達モラグの家までタクる/眠れなくて他人のストロベリー・トニックワインを飲み、みんなに絡む

・土曜:朝から酒を買い午後にはサッカーの試合を見る予定だったが全員寝落ち/目が覚めたらイングランドが2−0で勝ってた/電車で帰るが駅のバーでまた飲む/友達ジョンのインディー・ディスコでハグしまくって踊りまくる/また眠れないからみんなで街をふらつく/公園に寄ると酔っ払った10代が便器代わりにしているような筒型のすべり台があってウケる/森を歩くと湖から上る霧がキレイだった

・日曜:午後にジョンの家でビールを飲みながらシンプソンズを見る - 愛についてのエピソード(悲劇的なオチだがマージとホーマーはハッピーエンド)に感動して目が潤む/次に見たのは水着の女の子たちが路上でウォーター・ファイトしてる番組「これ録画してる? マジで?」/夜10時ごろパブに行ったら日曜の夜にしては混んでた/知り合いだらけな上に初めて付き合った彼女にも遭遇 - 実は今でもかなり魅力を感じるけど、どうせ相変わらず嫌な奴だろうし特に話はしなかった/マルコム(註a)は知り合いの女の子に「きのうの夜、君のスカートスケスケ "barely there"(もしくはめっちゃミニ)やった」とか話しかけて、ひどいナンパを試みる/その夜もグロい悪夢のせいで眠れず、友達マシューに「チーズ(註b)を控えるべき」と言われる

"Went out for the weekend; it lasted forever, high with our friends; it's officially summer."
「週末に遊んだ、永遠に続く時間、仲間とハイになって夏本番」

・月曜:午後になってやっと少し眠れた/天気が良い日("beautiful day")/マルコムがメリーダウンというサイダーの威力を教えてくれる - 1リットルにつきたったの1ポンド79ペンス(約270円)、アルコール8.2度を楽しみ唸る/さらに友達ふたりが来て裏庭で飲む/また別の友達と合流して街に出かける

"Went out for the weekend; it lasted forever, high with our friends yeah"
「週末に出かけた、永遠に続く時間、仲間とハイになってイェーイ」

"It's officially summer"
「夏が来た」

"Went out for the weekend; it lasted forever, high with our friends; it's officially summer."
「週末に遊んだ、永遠に続く時間、仲間とハイになって夏本番」


(註a)マルコムは当バンド Arab Strap のギター担当と同名。
(註b)クサい展開の物語を"cheesy"と形容するのでそういう作品を見るのをやめるべきという意味? あるいは「中毒」という意味の俗語でもあるらしいのでこちらの可能性も?

Arab Strap と楽曲の背景について

 1995年英国スコットランド・フォルカーク出身の Aidan Moffat と Malcolm Middleton により結成されたバンド。2006年に解散したがその後再結成している。The First Big Weekend は1996年に700 枚限定の7インチ・アナログ盤として発売され、アルバム The Week Never Starts Round Here にも収録された。ラジオで繰り返し放送され話題となり、ギネスビールのコマーシャルにも使用された(Wikipedia より)。
 スコットランドは年中天気が悪く冬の日照時間もとても短い(午後3時ごろには日が暮れ始める)。夏の到来を賛美するこの楽曲には彼らがいかに明るい季節を心待ちにしているかが表れている気がした。逆に夏は深夜1〜2時ごろまで明るいので時間の感覚が狂いやすい。街では延々と遊ぶ人々も散見される。
 行く先々に顔見知りがいるのもスコットランドの街あるあるだと思った。首都エディンバラでさえそうだった。筆者が当地に滞在していた際、良くも悪くも "Everybody knows everybody." という言葉をよく聞いたことを思い出す。2019年の時点でスコットランドの全人口は約546万人、楽曲の舞台となっているフォルカークは約16万人グラスゴーは約63万人である。(2021年現在の関西と比較すると大阪府880万人京都府約255万人。)
 
以下『ガーディアン』紙の記事(註1)を参考
 フロントマンの Moffat によると The First Big Weekend は当初B面に収録される予定だったらしい。上記ギネスのコマーシャルの影響は若手バンドにとって望ましくなかったようで、何本かのツアー後周囲の期待が煩わしくなってライヴで「演奏するのをやめた」という。それだけに Spotify で Peel Session(イギリスの伝説的DJ、John Peel の名物セッション)や、グラスゴーの音楽の聖地 King Tut's Wah Wah Hut(Alan McGee が Oasis を発掘したライヴハウス)でのライヴ音源が聞けるのはありがたい。どちらの音源も歌詞がスタジオヴァージョンと異なる。ただし一部同じ人物が登場するので、友達と遊ぶという大筋に沿ってアドリブで歌って/語っていると思われる。前者には Nintendo64をしているくだりもあり時代を感じた。
 楽曲が出回った時期と映画「『トレインスポッティング』現象」のタイミングが重なり、バンドもしばしばそれに紐付けられたことについて Moffat は

「映画がもたらした衝撃がネガティヴだったとは言わないけれど、しばらくは何もかもがあの作品と比べられているようでキツかった。世間はスコットランドについて視野の狭い考えを持つようになった。[…] 俺たちは特定の階級やスコットランド人であることについて歌っている訳じゃなかったのに」

と述べている(註2)。
 2006年に解散する前のふたりはちょっとしたことが喧嘩の「火種」になるような状態だったが時を経て今は「禅のように落ち着いてフォーカス」しているらしい。
 昨年15年ぶりの新曲 The Turning of Our Bones を発表し、今年2021年はアルバム As Days Get Dark もリリースしている。The Turning of Our Bones のヴィデオでは前奏部分「不吉なギター音楽」という字幕が表示され、間奏でも「悲しいピアノ」や「黙示録的なギター演奏」云々、聞き取り困難な視聴者向けの字幕を模して遊んでいる。「過去の栄光の日々なんて気にするものか(I don't give a fuck about the past, our glorious days gone by)」という節から始まる歌詞も字幕で確認できる。ゾンビ映画のアーカイヴをサンプリングしたような映像からは彼らの趣味が窺える。筆者は個人的に苦手なジャンルなので随所画面を隠しながらしか見られなかったが、元ネタが分かる鑑賞者は二重に楽しめるかもしれない。

 ちなみに Arab Strap というバンド名はグラスゴー出身の Belle and Sebastian(以下ベルセバ)による楽曲・アルバム名 The Boy with the Arab Strap へのオマージュだと勘違いされがちだが、バンド名 "Arab Strap" が先行しており彼らの名前を引用したのはベルセバの方だったらしい。ベルセバの Stuart Murdoch とはコラボもしていたがこの一件で関係がもつれたという。他の初期のコラボレーターに Sons and Daghters の Adele Bethel がいるが、彼女がバンドを結成するきっかけを作ったのも Arab Strap だった。彼らがスコットランドの音楽シーンに与えた影響は大きい。(これらのコラボレーションはアルバム Philophobia に収録されている。当段落情報は Wikipedia より)
 現在彼らは旧友 Mogwai のレーベル Rock Action Records と契約している。参考にした『ガーディアン』紙の記事にある90年代の写真のクレジットはいずれもギターの Malcolm Middleton。フィルムカメラの時代にわざわざ一緒に自撮りするくらい仲が良かったのかと失笑した(註3)。Moffat は Mogwai のレーベルを選んだことについても「友達と仕事をするのが一番」と述べている。

註・参考資料

(註1)「Arab Strap の復活 -『セックスと死というテーマは俺たちをいつまでも夢中にさせる』:快楽主義や二日酔いを汚れた音波で具象してきた彼ら。帰ってきた Arab Strap はポルノの過剰摂取や死体とのダンスを歌う。スコットランドのデュオが『禅のような新たなフォーカス』について語る」
2020年9月3日『ガーディアン』紙
https://www.theguardian.com/music/2020/sep/03/return-arab-strap-sex-death-eternal-preoccupations-hedonism

(註2)トレスポを連想した訳ではないが、冒頭に書いたように筆者も楽曲から「階級」と「スコットランド人であること」を感じてしまった。表現者の意図と受け手の印象がすれ違うのはよくあることなので、それもまた鑑賞体験のあり方なのだと思う。

(註3)余談も余談だが、当時関西の女子中高生たちもよく「写ルンです」で自撮りしていた。ひと世代上の彼らが世界の裏側で同じようなことをしていたのかと思うと親近感が湧いた。

歌詞参考:https://genius.com/


*当記事における歌詞等の引用は、全て筆者による翻訳・解釈であり、個人研究を目的とします。
*各作品および歌詞の権利はその作者と演者(Arab Strap, Aidan Moffat, Malcolm Middleton, and etc.)に帰属します。
*当記事の関心は主にスコットランドの社会・文化的背景にあり、筆者自身は薬物乱用やアルコールの過剰摂取を支持しない。薬物やアルコールとの関連性が高い音楽についての見解は別途記事 Sleaford Mods【2】ラジオ出演 - Iggy Pop からの "親展"  の項目:Baxter Dury《Cocaine Man》最終段落にて述べた。(2021年11月追記)




 


 
 
 
 



最後まで読んでくださり多謝申し上げます。貴方のひとみは一万ヴォルト。