ソクラテスとマルチ商法~ユウと僕②~
下校中の電車の中であんな話をした翌日。ユウも僕の話がずっと気になってたみたいだった。休み時間中僕にそのことについて話しかけてきた。
ユウ「お前昨日ソクラテスとか言ってたじゃんか。」
僕「うん、それがどうしたの?」
ユウ「俺にはどうも説教臭くてならない。この前論破されたのもなんか癪に障るし。」
僕「だから論破じゃないって。問答法とかいうんだって。」
ユウ「そんな名前はどうでもいい。ただお前がそんな胡散臭そうなものにはまっているのは、なんかほっておけない。」
僕「僕が何に興味を持とうが別に僕の勝手だろ?」
ユウ「いや、マルチ商法に引っ掛かりそうな友達がいたら俺は止めるね。」
僕「マルチ商法とは何もか違うでしょ。」
ユウ「いや、俺からしたら何か胡散臭いにおいていっしょだな。」
僕「胡散臭いか・・・一面賛成で一面反対かな・・・」
ユウ「どこが反対なんだ?」
僕「確かに善くあろうとすることを強要するのって何かいやな気はするよ。でも、ひたむきに善とは何かを問い続ける姿勢って、何か僕は惹かれるものがあるんだよな。」
ユウ「お前は善とか真実とか、そんなもん信じてるのか?」
僕「それがはっきりしないからモヤモヤしてるんだよ。あってほしいと思うけど、そんなものないんじゃないかって・・・」
ユウ「白馬の王子様を待つシンデレラ症候群だな。」
僕「ある意味そうかもね。ただ僕は待ってるだけじゃなくて、いろいろ考えてるから、シンデレラではない。」
ユウ「・・・ちなみに、この前話してた本ってどんな本なんだ?ソクラテスのどんな本を読んでたんだ?」
僕「あぁ、僕が読んでたのは単に入門書みたいなものだよ。いろんな哲学者がいてその中にソクラテスがいたんだ。それが印象的だったからそう答えただけ。」
ユウ「なるほど、ってことは本丸を見てみたほうがいいかもな。」
僕「本丸?」
ユウ「入門書もいいが、そういうのは原点に帰るのに限るだろ?」
僕「まぁ、そうだとは思うけど・・・あ、ちなみに、ソクラテス自身は本は書いてないからね?」
ユウ「ん、どういうことだ?」
僕「ソクラテスの弟子であるプラトンって人が、ソクラテスのエピソードを本にしたんだ。」
ユウ「なるほど、お釈迦様とかキリストとかみたいなもんなんだな。」
僕「まぁ、そんなものかもね。」
ユウ「よしわかった、今日の帰り一緒に図書館にいこ。そんで一緒に本をみてみよう。俺がこの目でしっかりと見てやる。」
僕「うん、別にいいけど。」
そんなこんなで放課後一緒に図書館に行くことになった。いつもは他愛なく友達の話やゲームの話をするくらいだったけど、いつもと違った雲行きとなった。僕たちは駅の構内に隣接している図書館へと向かった。図書館の中は、お年寄りが新聞や雑誌を読んでいるか、学生が勉強をしているかであった。特に学生の数は多く、受験生思しき人たちが、参考書を前に身をかがめている。中にはぐっすり夢の世界にいる人もいるが。僕も勉強で図書館に行くことは割とあるが、本だけを目当てで行くのは本当に久しぶりだった。
ユウ「ソクラテスとやら・・・あぁ、作者はプラトンだったな。どれを読めばいいんだ。」
僕「さぁ」
ユウ「さぁ、って、お前が興味持ってることだろ?」
僕「誘ったのはユウだろ?僕は別に考えてなかったよ。」
ユウ「こういうときは司書さんにでも聞こう。」
僕「え、なんて聞くの?」
ユウ「プラトンでおすすめのを一つって。」
僕「いや、飲食店じゃないんだから。すべての司書さんがすべての本に詳しいわけないだろ。ある程度あたりをつけないと。」
ユウ「いや、聞いてみればすごく詳しい人もいるはずっしょ。なんたって哲学っていかめしい名前のものは好きそうだからな。」
僕「偏見だよ。」
ユウ「聞いて減るもんじゃなし、あの人に聞いてみようぜ。」
ユウが言っているのは、フロントでせっせと何かを入力している女性だった。比較的若くて、眼鏡をかけた、肩にかかるぐらいの黒髪だ。所作には几帳面さがにじみ出ていた。方眼紙の1マス1マスに1字1字きれいに書いていくタイプに違いない。
ユウ「あの、すいません。プラトンでおすすめを一つお願いします。」
あ、本当に言いやがった。司書さんも困惑している表情だった。ユウは立て続けにこうまくしたてた。
ユウ「お姉さんが詳しくなかったら、ほかに詳しい人いないですか?」
司書さんは困惑の表情は崩さなかったが、少しはにかみも含めてこう言った。
司書「す、すごく詳しいってわけじゃないですけど、興味はありますよ。」
ユウ「おぉ、ちょうどいいじゃん。で、ない?プラトンのおすすめ?」
司書「おすすですか・・・どうしてプラトンの本を探しているのでしょうか?それに合わせてでしたら、何かご提案できると思いますが。」
ユウ「あぁ、こいつがソクラテスがどうのこうの言うから。で、プラトンがそのソクラテスとやらを書いているらしいから探してるんだ。」
そんな言い方あるか?
司書「なるほど・・・でしたら『ソクラテスの弁明』なんかはいいかもしれません。ほかの著作よりソクラテス自身を知ることができると思います。」
ユウ「『ソクラテスの弁明』・・・。ソクラテスは何を弁明してるんですか?」
司書「詳しくいうと長くなりますので、手短に説明しますと、青少年を堕落させたという罪で裁判を受けることになり、そこで弁明をしているんです。」
ユウ「なぁ、お前言ったとおりだろ。マルチ商法もあながち嘘じゃなかったかもしれないな。」
司書「マルチ商法?」
司書さんはキョトンとしていた。そりゃソクラテスとマルチ商法を横並びで聞くことはないだろう。
僕「あーユウ、ややこしくなるだろ。すいません、気にしないでください。」
ユウ「青少年を堕落ってどういうことしたんですか?」
司書「アテナイで信じられていない神を信じ込ませたっていうことみたいですね、表向きは。」
ユウ「表向きは?」
司書「はい、実際は若者たちと議論していただけなのですが。当時の権力者に嫌われて濡れ衣を着せられたんです。」
ユウ「あー、お前が俺にやったようなやつだろ。ありゃ、嫌われるわな。」
またまた司書さんは何のことかしらと、キョトンな表情をしている。
僕「そのことはもういいだろ。すいません、司書さん。じゃあその『ソクラテスの弁明』借りたいです。」
司書「かしこまりました、少々お待ちください。」
そんなこんなで借りることができた。二人でこの本を読んで後日議論しあうということになった。借りた本はユウが持って行った。僕は僕で興味を持っていたので、本屋さんで改めて買うことにした。果たして何を議論することになるのやら。
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