『顔』 / もり氏ラジオ優勝特典
概要
これは「マンガライターもり氏の好きなマンガを誰かと語りたいラジオ」にて開催された『第2回推しマンガ家先生プレゼン大会』の優勝賞品としての短編小説です。
『第2回推しマンガ家先生プレゼン大会』の様子は主催者もり氏さんが以下のnoteでもまとめていますので、ぜひこちらもご覧ください。
僕もプレゼンターとして参加してますので、宜しければ聞いてみてくださいね。
本編 『顔』
常日頃、と書いて日常。
日常とは「当たり前」ということ。
当たり前とは、ご飯を食べること。当たり前とは、お風呂に入ること。当たり前とは、働くこと。当たり前とは、絵を描くこと。当たり前とは、夜眠ること。当たり前とは、朝起きること。
当たり前とは、いつもと同じこと。
だから、いま鏡の前に映るこの顔は、僕にとっての「当たり前」ではないはずなのだ。おそらく。
普段とは違う(ような気のする)自らの顔を触りながら、どうしてこんなことになったのか。そもそも僕の顔はどこにいったのか、と思案した。
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まず最初に異変に気付いたのは布団の中でのことだった。
ゴロリと寝返りを打ったであろう僕は、頬に何か硬いものが当たっている感触を覚えた。
まったく誰だい。枕元に石なんて置いたのは。
夢見心地で、石らしき物をどけようとしたものの、枕の近辺には普段と変わらずスマートフォン以外には置かれていなかった。
はて。勘違いかと思い、僕は先程とは異なる方向へ寝返りを打つ。
するとどうだろう。再び何か硬い物が頬に当たるのだ。
やはり枕の下に何かあるようだ。
僕は体を起こし、枕をどかす。
しかし、枕の下を探すも白いシーツ以外には何も見えない。
スマートフォンを手に取り、電源を入れる。明るさに慣れない瞳に白い光が降り注ぐ。瞬間的な眩しさを堪え、時刻を見る。どうやら午前6時25分のようだ。
6時半に目覚ましをかけている僕は、少しだけ考える。普段よりも5分程早起きになるが、もう起きてしまうべきか。それとも目覚ましが鳴るまで、意地でも起きないぞと覚悟を決めるか。
数秒の間悩みはしたが、睡眠に強いこだわりのない僕は布団から出ることにした。
寝ている間に感じた頬の違和感はなんだったのだろう。トイレに足を運ぶついでに、眠気の残る頭で考える。虫歯か何かだろうか。歯医者にでも行くべきだろうか。それとも、何か大病の前触れか……いずれにせよ医者にかかるべきか。それは少し面倒だ。よし、何かの勘違いだったのだろう。僕はそう思い込むことにした。
しかし、トイレから出て、顔を洗おうと洗面所にたった時、これは想像以上に大変な事態であることを理解した。
鏡の前に「当たり前にあるべき僕の顔」がなかったからだ。
「え、誰……?」
鏡に映った首の上にある「それ」——普段ならば「顔」と呼ばれるもの——は、なんとも形容し難い不可思議な物へと変わっていた。
上部は丸型だが髪はなく、目の位置には何もなく、普段ならば鼻のある部分に一つ目らしき黒くて大きな丸がある。両頬は出っ張っている。おそらくこれが寝返りの際の違和感の正体だ。
僕は、僕の首の上にある「それ」に触る。全体的に柔らかさはなく、宇宙服とガスマスクの合いの子と言える形状と硬さをしていた。なお、僕には宇宙服とガスマスクのいずれも触った経験はない。あくまで想像である。
首の上にあるのだから「それ」のことを「顔」と呼ぶべきかもしれないが、少なくとも僕が今まで見たことのあるような「顔」ではなく、「それ」はどこか漫画や映画で見る宇宙人のようであった。
どうしようかと考える……べきなのだろうが、焦ったところでどうしようもない。
不幸中の幸いなことに、今日は非番のため休日である。休日にのんびりせずに、いつ休むというのだ。
とりあえず、日課であるコーヒーをいれることにする。
「でも、まぁ——」
コーヒーの匂いを嗅いでいると、日常が戻ってきたような錯覚に陥る。
「こういうこともあるか」
コーヒーができあがるまでの間に読みかけの漫画に手をかけた。『魚社会』と題された本をパラパラとめくる。
カステラ風の食べ物が出てきた。週末に作ってみようかなと思う。
顔が変わったところで性格までは変わらない。
いわんや好きなものをや。
窓からはバイクが通り過ぎる音が聞こえた。
「もしかして、この姿だと運転免許証は使えない?」
顔が変わるといろいろ不便なことが多そうだ。顔は変わらないに越したことはない。
僕は今日、新しいことを学んだ。
「あ」
口がないからコーヒーが飲めないじゃないか。
<了>
あとがき
今回の『第2回推しマンガ家先生プレゼン大会』は、とにかく熱のこもったプレゼンばかりでした。
総勢10名近いのマンガ好きライターの方が選んだだけあって、個性豊かな漫画家さんが紹介されてました。読んだことのない漫画家さんがいらっしゃるようでしたら、この機会にぜひ読んでみてはいかがでしょう。
ちなみに、僕のプレゼン原稿はこんな感じです。こちらも読んでみてやってください。
そして、もっとナカタニの作品を読んでみたいという方がいらっしゃいましたら、こちらのショートショート集もどうぞ。
「スキ」もしてくれたら喜びます。
それではでは!