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雨の七夕

 人の数だけ、願いがある。そんな当たり前のことを、大きな笹に飾られているたくさんの短冊を眺めながら考えていた。ある人は、ダイエットの継続を願い、またある人は、愛する人の健康を祈り、そしてまたある人は、世界平和を望んでいる。七夕は良い日だ。みんな明るい未来を思い描く。
 僕は、短冊に願いを書くのが苦手だ。他人に自分の願いや本音を見られるのが、とても恥ずかしい。だから、電車の遅延が発生しませんように。自動販売機からお釣りがちゃんと出ますように。靴下に穴があきませんように。みたいなことを書いてしまう。
「君の願いは何なの」。本音を短冊に書いたことがない話をした時に、目力の強い女性に聞かれた。僕の本音を隠す扉は、ものすごい力で開かれてしまったのだ。仕方なく願いを書いた記憶がある。その年は、珍しく雨の七夕だった。
 本当の本当の願いを書く。どうか、僕のこの短冊の文字を雨で消し流してください。

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