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コハルの食堂日記(第14回)~バレンタインデーって何だ?①~

 平成三十一年二月十五日。バレンタインデーの翌日、金曜日の夜の「味処コハル」。
 春子は昨日のバレンタインデーの開店時から、常連客を含む、店を訪れる客一人ひとりへと「義理チョコ」をプレゼントしてきている。それは客の男女または老若に関係なく。ただし、数ダースをまとめ買いをしたぶんの「在庫限り」で、である。そして、もちろんそれはあくまで「義理」を超えるものではない。

 今日の「味処コハル」。そのテーブル席では、中年というにはまだ若めの四十前後、要は巷でいう「アラフォー」のサラリーマン風の男性三人組での「義理チョコ自慢」が始まっている。彼らは高校時代から、実に約四半世紀来の、友達同士だ。

「成田君。今年はチョコいくつもらったんだ?」
「俺は……、そうだな。五、六、七……。……九つだな」
「なんだ、やっぱり成田君はまるで若い頃のように、今でもモテるんだな」
「いやぁ、あくまでも義理だよ、ギ・リ!
「まぁ、そうだろうけど。俺はだな、女房からの本命ひとつでじゅうぶん過ぎるから」
「奥さんからねぇ……。ま、小松君の職場は女性少ないからね。あ、僕は今年、初めて娘からももらったぞ!」
「おおっ、娘さん何歳だっけ?」
「小二。だから八歳だよ」
「なぁ、三沢君よ。今のうちが華だから、な。あと数年すればな、お父さんなんてよ……」
「そうかな、娘は僕のこといっつも『だいすき』って言ってくれてるぞ」
「わはは。そりゃ今だから、だよ。小学校を出る頃になってみぃ……。ちなみにそれまであと四年しかないぞ」
 と、皆で口々に会話を楽しんでいた。

 三人の座った席のテーブルに近寄ってきた春子。
「はい、ご注文の焼鳥盛り合わせに、おでん、串揚げセットでございます。それから……、いつもこの店をごひいきにしてくださっているお礼として、これをどうぞ」
 コンビニで買えば五十円かそこらの一口サイズのチョコレート菓子を三人分配る春子。
「これは、どうも。ありがとうございます」
 成田を皮切りに、のこりの二人もお礼の言葉を春子に口にする。

これで最後になっちゃった……」
 春子は今年のお客さん用「義理チョコ」の在庫をこれにて切らしてしまったのだった。

 もちろんといえばもちろんなのだが、今年も春子は夫の勲には「本命」のチョコレートを用意した。もっとも勲は糖尿病予備軍かもしれないと、内科医から指摘を受けている。
 さらに六十ともなれば否が応にでも「血液の数字」が気になる。もはや安易に甘いものを日常的に食べることが命取りとなりかねない年齢、そして、その年齢相応の身体なのだ。

 だから、こないだの水曜日の店休日に、春子は厨房で「勲専用チョコレート」を手作りで作っていたのだ。甘さ控えめ、砂糖不使用、オーガニック原料使用。愛する人であるからこそ、その手間暇は苦にならない、どころかウキウキ気分で春子はチョコレートの手作りを楽しんでいた。
 そして、バレンタインデー当日の朝、それを手渡された勲はご満悦。普段になく張り切って出勤して行った。春子にとって、「本命」の夫が喜んでくれたこと。それはなんとも冥利に尽きるはなしである。少しばかりだが、わざわざ労した甲斐があった、そう思う春子。

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