まだ見ぬ誰かへ。
手紙を書く。
宛先はまだ見ぬ誰かへ。
「今日はとても寒い1日でした。腰まで雪が積もり、私は必死になって、その雪をかき分けておりました。」
ゆっくりと、静かに、ペンを進める。
「溶けた雪が肌に沁み、赤く腫れてしまいました。手は震え、吐息が白く消えてゆきました。」
夢うつつに眠る。朦朧として薄くなった字を眺めながら。
「この手紙を読むあなたはどのような姿をしているのでしょうか?どのようなお顔で、どのような声で。どのような生き方をして、どのような考えで、どのように思ってこの文章を読んでいるのでしょうか?」
読み手の表情を想像する。
「あの日から私の時計は動かなくなりました。電池を入れ替えても、針は04:05から一寸たりとも進もうとしてはくれません。」
「何度も組み立て直しました。それでもこの時計は、私を拒絶するように、時を進めようとはしないのです。」
動かぬ時計を眺め、溜息をつく。
「どうしたらよいのでしょうか?この時計を捨てるべきなのでしょうか?それとも大切に保管しておくべきなのでしょうか?」
「この時計は私の全てです。私の気持ち、考え、思い出、経験。あらゆるものが込められております。ここしかないのです。ここにしかないのです。」
私は今を生きられない。失われた現在進行形を大切に握りしめている。
「もしあなたが私を受け入れてくださるのであれば、どうかお願いがあります。」
「この時計の針を進めてください。」
「お元気で。」
手紙を丁寧に折り、小さく祈って、封筒にしまった。
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