ゴミを売るホームレス
ゴミを売るホームレス
彼に出会ったのは1か月前。眠れない深夜を徘徊していた時に出会った。
彼はいつも能天気に声を荒げながら笑う。その声がとにかくうるさい。耳が痛くなる。だけど、どこか奥深くに暗い感情が眠っているようで、私は今日みたいな眠れない日には、温かいコーヒーを片手に彼の所へ通っている。
彼の仕事はゴミを売ること。ゴミで作った陳腐な人形を売っている。
「誰がそんなもの買うの?」
彼は気持ちの悪い無精髭と共に口角を上げて答える。
「たまにいるんだ、物好きな人がね。この前も私の商品をまとめて買っていった人がいたよ。サラリーマンの兄ちゃんだったかな。」
「嘘だぁ。どうせしつこく売りつけてるんでしょ。こんなものは商品とは言えないよ。単なるゴミ、ゴミだよこんなの。」
彼は不気味に笑う。にやけながら煙草に火をつける。
「この世は広いんだよ。ゴミを好んで買う人だっているさ、そりゃあ。」
何を言ってるんだこの死にかけの老人は。いくら世界が広いからって箪笥の下の埃を好き好んで集める人なんていないだろう。
「なんでホームレスになったの?」
湯気の上がる缶コーヒーを見つめながら訊ねる。
「好きでなったのさ。選んだ結果なんだよ。」
「なんで好きでホームレスになるんだよ。」
「そりゃあ姉ちゃん、気分さ気分。全てを捨てたくなる時があるだろう?そんな時が私にもあったのさ。」
タバコの煙が私を覆う。零れ落ちた灰が蛍よりも小さな光を放つ。
「後悔はしてないの?」
「してるさ。後悔はしてる。だけど、してもしなくても後悔はするだろう?結局、何をしようが何もしまいが行き付く先は後悔さ。そんなもんだ、人間なんて。」
俯く彼の悲しげな様子に私は沈黙する。
「そんな重い空気にならんでもええ。もう終わった話さ。それに・・・」
私の様子を察したのか、珍しく気遣いの言葉を投げかける。
「それに、私は今が幸せだと胸を張って言える。」
「こんなゴミを売る毎日が?」
彼は瞳に夜空を映しながら答える。
「あぁ、そうさ。こんなゴミを売る毎日が私は幸せだ。たまに私の商品を買う人がいる。たまに夜中に私に話しかけてくる人がいる。それだけで十分さ。」
詭弁だ。心の中でそう思った。私には理解できない。
「あっそ。私がいつ来なくなるかなんて分からないよ。おじいちゃん、死なないでね。」
「ふっ。」
静かに笑う。彼らしくない笑い方だった。
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